【噴水台】崇礼門が哀願する、二度と小さな火種を大きな火魔にするなと(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.05.06 15:57
もう一つは大型火災の教訓だ。思い出してみよう。2008年2月のその日、崇礼門を倒壊させたのは小さな火種だった。その火種がなぜ大きな火魔になったのか。責任の失踪、右往左往のためだった。消防車は水をかけるだけだった。屋根をはがして入れば火を消すこともできたが、そうしなかった。文化財の破損責任を問われたくないからだ。李憲宰(イ・ホンジェ)元経済副総理はこれを政府政策にも例えた。
「(崇礼門のように)大火災が発生すれば火から消さなければいけない。この時、多くの水をかけたり、花壇を踏むこともある。ところが火を消し終えれば、水をたくさん使った、花壇を踏んだなどと罪を問われる。これが反復されれば、火を消すことより、花壇を踏まないこと、水を少なく使うことばかり気にする。いわゆる免避第一主義だ。経済政策も同じだ」。