「日本軍性奴隷」博物館、何をためらうのか(2)
ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版2016.07.19 08:32
これまでの被害者の証言を集めてみると、その残酷さに茫然自失するしかない。この実際の惨状を知らずに客観的な状況に対する人道主義的認識で問題の解決を話せば、当然、さまざまな意見が出てくる。博物館を作って実情を体系的に展示する一方、冊子・画報・映像資料を制作し、誰もが簡単に共有できるようにする必要がある。日本とより良い未来のために善隣友好の外交を築くのは当面の課題であり、歴史の真実を究明するのは別の懸案だ。韓日両国の国民と後代が歴史的真実をともに直視し、その土台の上で反省と和解の意味を明確にして協力してこそ安定した関係になる。
両国政府が交渉で妥結したこの問題に対する世論は概して否定的だった。被害者が生存している時に謝罪を受けて補償するという肯定的な側面より、日本の責任を明確にしなかったという根本的レベルの否定的見解が優勢だ。日本国内でも反応が分かれ、両国関係の進展に対する評価と交渉の結果に対する非難が対立している。この論争は性奴隷の歴史的過去に対する客観的かつ正確な資料が広範囲に知られていれば、改善されることもできた。アジアのあちこちで日本軍に連れて行かれた女性が多いことは誰もが知っているが、その数字が20万人と推定され、今は500人ほどしか生存していないないという事実はあまり知らない。その極限的苦痛の実体についてもそうだ。知識で認知するのと実感するのとは理解の温度差が非常に大きい。