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【コラム】韓国文学、世界へと羽ばたくならば(1)

ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版2015.11.30 15:56
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韓国文学のグローバル化は、すでに1つの常数となった概念だ。今月中旬、米国東南部のノースカロライナ州にあるデューク大学では、この問題に直接アプローチした学術カンファレンスがあった。12日から2日間開かれたこの国際会議は米国のKLA(Korean Literature Association)が主催し、米国全域にある韓国文学の研究者が参加して発表と討論を行った意義深い場だった。韓国から留学に来たり、すでに米国に定住して名のある大学で韓国文学を教えていたりする人たちが英語で討論した。

韓国文学が米国の名門大学で英語で議論される現場は、何とも言えない感動と共にさまざまなことを考えさせた。今やグローバル時代だ。文学もまた狭苦しい国家主義の垣根を越えて広大な国際競争の舞台に出て行ってこそ正しい。そうするためには文学の交流と拡散、翻訳と出版の問題が提起されるほかはない。韓国文学が世界文学の中心部に入っていくとか、あれほど待っている人の多いノーベル文学賞に近づこうとするならば、こうした活動を強化せずには困難だろう。

昨今この分野の事業を活発に展開している韓国文学翻訳院は、今回のカンファレンスのあるセッションで作家・姜英淑(カン・ヨンスク)氏と彼女の小説『リナ』を出した。姜作家が韓国から飛んできて、筆者は彼女とその作品の説明を担当した。いうまでもなく『リナ』は現在の韓国文学の代表的な作品であり、ここに出しても充分な資格のある小説だ。この小説は北東アジアの仮想空間を背景に16歳の幼い少女が8年の歳月をかけて国境を越え脱出する話を描いた。

実名を使いはしなかったが誰が見てもそれが脱北者の現状を描いているのは明らかだ。作家は脱北という時代史的な問題を扱いながら、それよりも大きい比重で、その事件の外皮でさえぎられた人間性と女性の性の断片を見せてくれた。分断70年に及ぶ歴史的課題を提起するのは、例えば韓国文学が運命のように抱えている「体験」の領域だ。しかしそれを越えて人間の権利と生活の質に対する深みのある形象力は「本質」の領域を描いたものだ。(中央SUNDAY第455号)
【コラム】韓国文学、世界へと羽ばたくならば(2)


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