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【コラム】韓国の民主主義は米国の国家利益(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版 2014.08.06 10:32 Googleで中央日報を読み逃さない
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第2次世界大戦以後、米国政府は対韓半島(朝鮮半島)政策でどのように民主主義的な理想を実現するのかに苦心した。韓半島を占領した米軍は、血に染まった沖縄の戦場からすぐに来た。日本語通訳の将校しかいなかった。占領軍は韓国を統制するのに日本人らの助けを受けた。相当数の若い米軍将校は、日本人を通さずに韓国の民主勢力を直接支援すべきだと主張した。だがトルーマン政権は一日も早く韓半島と手を切りたかった。日本とフィリピンを共産主義から保護する、費用対効率がより高い防御線を張るためであった。朝鮮戦争の結果として防御線が休戦ラインに北上した。その後、米国の民主化政策はほとんど全面的に反共主義の脈絡で形成された。

ベトナム戦争は、外交政策で民主主義が占めるべき比重についての議論を混沌状況に追い込んだ。米議会は軍事的・経済的支援と人権を連係した法案を通過させた。ジミー・カーター大統領は、米軍撤退と野党を弾圧する朴正煕(パク・チョンヒ)大統領を懲らしめるという公約で1977年に執権した。カーター大統領の政策の結果は、混乱そのものだった。

 
ロナルド・レーガン大統領は、ジョージタウン大学のジーン・カークパトリック教授が書いた「独裁者たちと二重定規」という論文の影響を大きく受けた。この論文は、独裁の代案である共産主義のほうがはるかに悪く、全斗煥(チョン・ドゥファン)政権のような政府を容認しなければいけないと主張した。レーガン大統領の就任前に全斗煥は金大中(キム・デジュン)に内乱罪で死刑宣告を下した。レーガンの外交政策チームは冷静に全斗煥と交渉して死刑を自宅軟禁に変え、結局は釈放の道を切り開いた。代償はワシントンの国賓訪問だった。この取引は金大中を生かしたが、急進主義的なデモ参加者は米国に背を向けた。盧泰愚(ノ・テウ)が全斗煥の後継者に指名されるとすぐにレーガン政権は1年前のフィリピンのマルコス大統領に接した時のように強硬に出てきた。米国のメッセージは明白だった。政治改革を拡大しなければ盧泰愚政権はマルコスのように米国の支持を喪失することになるというものだった。ますます大きな声で韓国の財閥企業や韓国軍も政治的自由化を要求した。米国の介入は効果をみた。盧泰愚は大統領直選制を受け入れた。

結論的に言えば、米国が韓国の民主主義のために常に正しい選択をしていたのではない。しかし米国は、どの国よりも韓国の民主主義のために多くの支援をしてきた。韓国の民主主義の次の試験台は南北統一だ。米国人は韓国の民主主義が米国の国家利益にどれほど重要なのかを知るようになった。韓米同盟が歴史的な韓半島の民主統一の礎だということを韓国人が認めることを私は望んでいる。

マイケル・グリーン米戦略国際問題研究所(CSIS)副所長


【コラム】韓国の民主主義は米国の国家利益(1)

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