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【コラム】「歴史はいくら汚い歴史でも良い」=韓国(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.06.24 17:43
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儒教経典に「天命靡常」という言葉がある。その教えによれば、天は民の目と耳を通じて見聞きする。民がドン底に落ちれば、天は天命でもって次の王朝を開く。易姓革命、すなわち反乱による王朝交替を正当化した儒家の政治理論だ。儒家の経典に記録された古代の独裁者は全て政治革命の結果、処刑された。儒教の原則で見れば、朝鮮は当然崩れるべき国だった。

辛亥革命は、中国現代史の華だ。孫文が掲げた共和政の旗のもと、反乱軍は清朝を打倒して皇権を解体した。その政治革命で中国は自力で“民国”の時代を開いた。中国の知識人は、苛酷なほど徹底して伝統を批判し、王朝史の闇を告発した。儒教は「食人の理念」だとさげすんだ。最後の皇帝は獄中生活を免れることができなかった。不幸にも朝鮮の人民は“民国”の革命を成し遂げられなかったし、短命な大韓帝国は植民地へと転落した。

 
キム・スヨンは残酷な朝鮮末期の社会像を見ながら精神的なさまよいを経て、泣き叫んだ。「歴史はいくら汚い歴史でも良い」と。否定の否定を通じて、新たな希望を見出したのか。巨大な根っこを発見したキム・スヨンは、朝鮮のその“汚い”歴史を直視したことであろう。

朝鮮王朝の批判は、親日にはなりえない。王室の安全だけを保証してもらい国を日帝に売ってしまった朝鮮の指導部を擁護することこそ、親日ではないのか。シカゴ大学のカミングス教授は、北朝鮮の政権が朝鮮王朝の延長だと主張する。彼の診断のとおりならば、韓半島で朝鮮王朝は依然として持続しているわけだ。すなわち朝鮮の克服は、現在進行形の課題だ。植民史観を乗り越えるためには朝鮮王朝史の矛盾と限界を徹底的に批判しなければならない。

アウシュビッツ博物館の正門には哲学者サンタヤーナの名言が刻まれている。「過去を記憶できない国民は、その過去を繰り返すほかはない」。恐らくビショップ女史が老体をひきずって朝鮮の山川を旅行した理由なのであろう。

ソン・ジェユン、マクマスター大学教授


【コラム】「歴史はいくら汚い歴史でも良い」=韓国(1)

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