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【コラム】第1次大戦時に酷似した、米国と中国の危険な状況(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.01.07 17:24
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エコノミストは100年前の英国とドイツを、今の米国と中国に比べた。勢力がますます弱まるにつれ一人の力で国際秩序を維持するのが難しくなったスーパーパワー米国は、第1次大戦勃発当時の英国に似ているし、急激に大きくなった経済力を基に軍事力拡張に熱を上げている中国は、その時のドイツと似ているということだ。また米国の同盟国日本は100年前のフランスを連想させるというものだ。要するに覇権の間の「勢力移転(power shift)」が新旧覇権の衝突につながった100年前と類似の状況だという話だ。

1914年6月28日、ボスニアの首都サラエボで鳴り響いた銃声は、第1次大戦の開幕を知らせる信号弾だった。セルビアの学生ガヴリロ・プリンツィプが撃った銃弾でオーストリア帝国の皇太子フランツ・フェルディナンド夫妻が亡くなり、それから1カ月後にオーストリアはセルビアに宣戦布告をした。オーストリア政府は皇太子夫妻の暗殺に開戦の名分を探した。皇太子夫妻は血の祭壇に捧げた犠牲の羊にすぎなかった。

エコノミストの不吉な分析のとおり100年前の歴史が繰り返されれば、最も危険なところは東アジアだ。東シナ海と南シナ海の領土紛争が悪化する場合、サラエボの銃声と同じ偶発的事件が戦争の火種になりうる。尖閣諸島(中国名・釣魚島)で鳴り響いた1発の銃声を機に愛国主義と民族主義に陥った中国と日本が衝突して、米国が介入する事態がないと大言壮語できるだろうか。韓半島(朝鮮半島)も危険なことは同じだ。ひょっとしてあるかもしれない北朝鮮の急変事態をめぐる米国と中国の対立が、国際的衝突に飛び火しないという保障があるだろうか。最悪の事態を願わないならば、まだ世界最強国の地位を保っている米国が、より積極的に外交的指導力を発揮しなければならない。

 
歴史の失敗から学ぶことができなければ、同じ失敗を繰り返す。「理性が、狂気を最後の瞬間に阻止するという理性に対する過信が、私たちの誤りであった」とツヴァイクは遅すぎる後悔をした。まさか戦争が起きるものかという楽観論は、戦争を確信する悲観論ぐらいに危険だ。人生のために死を考えるように、平和のためには戦争を考えなければならない。「メメント ベルム(memento bellum)」。戦争を忘れることなかれ。第1次世界大戦100年の教訓だ。

ペ・ミョンボック論説委員・巡回特派員


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