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【時視各角】「竹島の日」に飛ぶ“渡り鳥”(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.02.26 13:37
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象徴的な事例を一つ挙げてみよう。吉田茂元首相(1878-1967)の話だ。彼は外務省アジア局長時代の1919年、上海で独立運動家の呂運亨(ヨ・ウンヒョン)に会い、私たちの臨時政府についてこう侮蔑したという。「臨時政府ができたことで、出入りする朝鮮人の状況をよく把握できて便利だ…日本の立場では朝鮮人の欲求不満を解消できることもあるので安全弁ということだ」。こういう人物が後ほど首相に就任したのだから、韓国をどう見ていたのだろうか。彼はまた韓国戦争(1950-53)を「天佑神助」として喜んだ。今でも彼は日本の政治家に保守源流として尊敬され、国粋主義遺伝子を広めている。帝国主義時代のインド民間人虐殺犠牲者を追悼したキャメロン英首相のような姿を日本の首相に見ようとするのは無理だ。

一般人も100年前から国粋主義の洗礼を受けてきた。1903年、大阪のある博覧会では「学術人類館」という展示館が注目を集めた。朝鮮・中国・インドなどから連れてきた20人の男女で計画した人間動物園だった。当時「アジア=野蛮、日本=文明」という国粋主義ファンタジーが日本人を引きつけた。侵略を反省するのではなく、敗戦を反省する人が少なくないのも、こうした国粋主義の残滓だ。竹島の日」もその延長線だ。

このように国粋主義は日本社会の底流でくすぶっている。これが緩んだ地殻を破ってあっという間に噴出したりする。その度にいろいろと口実が出る。不況が深刻で…韓国大統領が独島を巡視し…サッカーに負けて不愉快になって…。また、これで生きている政治家がいる。ブルーカラー右翼の労働集約的な国粋主義を背に、権力を享受しようとする群れだ。

ところが日本人が看過または意図的に無視しているものがある。日本の領土問題は彼らが犯した侵略戦争の遺産という事実だ。同じ敗戦国でありながら、侵略を反省し、領土への欲を捨てたドイツとはあまりにも対照的だ。日本が隣国から尊敬されないのも、こうした国粋主義の慢性病のためではないだろうか。指を差されるのは結局、彼らだ。

ナム・ユンホ論説委員
【時視各角】「竹島の日」に飛ぶ“渡り鳥”(1)


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