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<取材日記>地方は中央の辺境ではない

2008.12.30 10:34
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「新国土フォーラム」は「地方をあまりも知らない」という自省から始まった。

政府も、マスコミも、大学も、文化も、すべてが中央を中心に動いてきたのが事実だ。「バランスの取れた発展」「地方時代」などといった大げさは修飾語が頻繁に登場したが、その実像には疎かった。

こうした無知を破ってみようという趣旨だった。破格を試みた。事前に質疑書を渡した後、質問し、回答する形式的なインタビューの枠組みを破った。編集局長と地方担当デスクが16の広域市長と道知事に直接会い、懇談会を行った。1回目の懇談会は執務室で、2回目の懇談会は夕食を兼ねて食堂でそれぞれ行われた。短くは3時間、長くは5時間以上にわたり率直な対話が交わされた。

それらは▽地域発展への熱情▽中央政府とマスコミに対する不満--など胸中を吐露した。苦情と困難、人間的な面もうかがえた。それらを貫くキーワードは「経済活性化と雇用創出」だった。「落後した地方の現実を知らせてほしい」と、切迫さを訴えた。全羅北道(チョンラブクト)の金完柱(キム・ワンジュ)道知事は「全羅北道民が200万人にのぼるが、総合不動産税の対象者(6億ウォンを基準)がたった1人もない」という言葉で、経済格差を説明した。

金道知事は「全羅北道民およそ200万人のうち、約2万4000人が毎年故郷を離れている」とした後「全州(チョンジュ)や光州(クァンジュ)、大邱(テグ)などといった都市が消えていくのを、ただ見てばかりいるつもりか」と訴えた。実際、全州で夜の街を歩いてみると、20代の若者はほとんど見当たらなかった。

慶尚北道(キョンサンブクト)道庁の正門には「働き口!働き口!働き口!」と記された大型のスローガンが掲げられていた。同道の金寬容(キム・クァンヨン)道知事は夕食の際、乾杯の言葉を提案した。「働き口」と先に音頭を取れば、「作ろう」と言おうということだった。

江原道(カンウォンド)の金振ソン(キム・ジンソン)道知事が「江原道では昨年、初めて人口が128人も増えた」と自慢したときは、悲壮感すら漂った。重複する規制が地域発展の足かせとなっているのも痛感できた。首都圏と非首都圏を問わなかった。

全羅南道(チョンラナムド)の朴晙蛍(パク・ジュンヨン)道知事は「紅島(ホンド)に年間60万人の観光客が訪れるが、島全体が海上国立公園という規制に縛られ、宿泊施設10カ所のうち、9カ所が不許可のまま営業中だ」と伝えた。

これらの会同は4月7日の金台鎬・慶尚南道(キム・テホ、キョンサンナムド)知事を皮切りに9月16日の呉世勳(オ・セフン)ソウル市長に至るまで「地方が国家競争力」という見出しの下、記事化された。対話中に取りあげられた内容をもとに、地域懸案に関する現地取材も並行した。だが不十分だった。

それで「地方を越えて世界の名品へ」という後続を企画することになった。「負け犬」で終わらせないため、隠れている地方の競争力を見つけだし、励まそうという趣意だ。9月23日付の「順天(スンチョン)湾」が報じられた後、順天湾が全国から来た観光バスと車でにぎわっているのを直接確認した。家族、恋人、同好会など老若男女を問わず、大勢の人が自然生態の重要性を体験している。

「DMZ(非武装地帯)の奇跡を世界に売る」が報道された後は、米ニューヨークに住む読者キム・ヒョンオさんが「痛ましく胸中に残るDMZで、韓国の将来を見通し、これを広く知らせた貴重な記事だった」と伝えてきた。

地方は辺境ではない。小さな土地で中央と地方を問うのはあり得ない。共存が韓国の運命で、未来である。政府は来年「4大河川整備事業」など、地方で各種の事業を展開する。中央(チュンアン)日報はこうした諸政策がきちんと執り行われているかを見守っていく。そして来年にも地方とともに生きる道を模索したいと思う。

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