【社説】オリンピック精神と感動を失った北京冬季大会
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2022.02.09 14:13
オリンピック(五輪)選手が4年間磨き上げた技量を存分に発揮できるのは、公正な判定に対する信念があるからだ。誰にも傾かない運動場と参加者全員に等しく与えられる機会、それこそがスポーツの美徳であり、五輪の感動の源泉だ。
中国北京で開かれている冬季五輪では、開幕序盤からオリンピック精神が損なわれる場面が続出している。最近のショートトラックの試合は、今まで見たことのない不公正判定の連続だった。その結果、予選と準決勝、決勝に至るまでただの一度も先頭でゴールインできなかった選手が金メダルを首にかけた。より優れた技量を披露した選手たちには、相次いで失格が宣言された。不公正判定の受益者は開催国の中国選手だった。これを審判陣の誤審が重なった偶然の結果と言えるだろうか。ここまで来れば韓国、ハンガリーなど他国の選手たちは「中国優勝」という予定された結論のために引き立て役になったのと変わらない。「五輪ではなく、中国体育大会」という皮肉が出たのも当然だ。判定に対しきっぱりと承服した敗者が勝者を祝福をし、たとえ負けたとしても良い勝負を行った敗者に観客が惜しみなく拍手を送るのが五輪が見せるもう1つの感動だ。北京冬季五輪では、もはやそんな感動を期待できなくなった。