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【コラム】よみがえる帝国=韓国(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.07.08 10:08
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明治維新の思想家は日本を神国だと定義した。日出ずる神国は大陸から離れて広い海に置かれている。孤立と恐怖感。ここで防御論理が発現した。まず海を防いだが(海防論)それをでは不安だった。逆に攻撃と占領が答えだった。北海道と沖縄を占領した。そして台湾と韓半島(朝鮮半島)が目に映った。安倍の精神的師匠である吉田松陰は朝鮮問題を遠慮なく口にした。「我々が攻撃しなければ必ずあの者たちが攻め込んでくるから」と。朝鮮は鎖国政治で門戸を閉じている時だった。陸軍軍閥トップの山縣有朋は1890年帝国議会の演説で「利益線」である韓半島(朝鮮半島)を占領してこそ「主権線」が安全だと力説した。安保論理はすなわち「未開国」朝鮮啓蒙の使命となった。韓国半導体工程に不可欠な品目を禁輸措置してこそ日本の安保が確保されるという論理は朝鮮を攻撃して安保を確証するという帝国論理とどこが違っているのか。

「日本よ、国になろう」というスローガンは1970年代戦後敗戦意識に対する鎮魂の祈りだった。「日本よ、戦争ができる国になろう!」安倍が叫ぶこのスローガンは7月21日参議院選挙を席巻し、来年の憲法改正まで続いていくだろう。令和時代の開幕に帝国の郷愁を拡散させた。このような状況で韓国政府の「歴史政治」は日本の真の謝罪を引き出すどころか「帝国郷愁の政治化」を自ら招いた。中国の尖閣諸島占領に日本は安保を叫ぶことはなかった。

植民賠償問題が取り沙汰されるたびに韓日請求権協定(1965年)で口止めしてきた日本に個別請求権はまだ有効だと主張する韓国は、何はともあれ「信頼できない国」になった。この滑らかではない両国の現実を直視してこそ迂迴路が見いだせる。なぜこのような状況にまで至ったのか。20年前、金大中(キム・デジュン)-小渕共同宣言のような素晴らしいドラマもあった。小渕首相は「痛切な反省とお詫び」を表明し、故金大中大統領は「和解と善隣友好協力」を約束した。李明博政権は国庫で徴用補償金と慰労金を支給した。歴史的債権国が信頼債務国と烙印を押された最近の状況はいかなるもののためなのか。誰が責任を負うべきなのか。

終戦日になるたびに被害国の慰霊塔にひれ伏して謝罪するドイツと、原爆投下の爆心地で被害者の心情を再確認する日本の本性は違う点を直視しなければならない。対策がないわけではない。文在寅(ムン・ジェイン)大統領の断固たる唯一の道を捨てるのが優先だ。与野党が推薦する老練な歴史。外交策士で非常専門家委員会を設置し、ここから導出された代案を大統領が無条件受け入れるのが手順だ。安倍首相に会わなければならない。済州道(チェジュド)でも対馬でも良い。大法院が下した決定だから仕方ないと傍観するのは政治ではない。特別法もある。出口のない状況、大統領の勇断だけが道を作る。

宋虎根(ソン・ホグン)/中央日報コラムニスト・ポステック(浦項工科大学)人文社会学部長
【コラム】よみがえる帝国=韓国(1)



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