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日本でも教える柳寛順、韓国政府はなぜ献花もしないのか(2)

ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版2015.03.02 09:47
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--一部では「柳寛順烈士は親日派が作り出した英雄」だという主張まで出てきたが。

「とうてい話にならないが当時、公州地方裁判所で裁判を受けた記録物や京城の副審裁判所での裁判記録文がすべて残っている。また収監当時の写真を含めた各種記録も残っている。これをどうやって親日派が操作したというのか。また柳寛順記念事業会が初めて発足した時、趙炳玉(チョ・ビョンオク)博士が名誉会長だったし、李承晩(イ・スンマン)、金九(キム・グ)、徐載弼(ソ・ジェピル)、崔鉉培(チェ・ヒョンベ)、チョン・インボ先生ら民族最高の指導者が顧問と理事職をつとめた。親日派が作り出した英雄という主張はありえない話で、でたらめの嘘だ。後で関連発言をした教授が謝って謝罪文を掲載した」

--教科書の内容はどの程度改善されたのか。

「歴史教科書8種のうち4種で柳寛順という名前も取り上げなかったが、昨年末に柳寛順烈士の写真を掲載するなど一部の内容が修正された。第一歩を踏み出したが、まだまだ充分ではないとみている。単純な事実だけを記録していては柳寛順烈士の愛国心を伝えるのは難しい。詳細なストーリーを知ることで心から『ああ、こうして国を愛した先祖のおかげで韓国が独立国になったのだな』と思えるようにするのが真の教育ではないか。試験を受けるように、ただ答式に印刷するだけでは教育ではないのではないか」

--柳寛順烈士はどんな人物なのか。

「とても強靭で忠節の愛国心がどんな独立闘士よりも強かった。一度決心すればどんな拷問にも多くの懐柔にも挫折せず、最後まで貫く推進力がすごかった」

--実際の事例を挙げるならば。

「投獄当時、柳寛順烈士は激しい拷問を相当受けた。ほかの民族代表や万歳運動に参加した民族烈士は裁判に上告し刑量が不当だとして減刑を要請したが、柳寛順烈士はそうではなかった。『朝鮮天地のどこに監獄ではないところがあるだろうか、国の独立がない状態では、どこも監獄』としながら上告を拒否した。また『日帝には私を裁く権限がない。お前らは侵略者であり私たちの地にきて私たちの親を殺し悪い蛮行を犯したのだから、お前らが罪人であって私たちが罪人なのではない。私たちを裁く権利はない』と裁判長に力説もした」

--最も記憶に残る語録は。

「柳寛順烈士は遺言で『私の爪がとれて私の鼻や耳が切られて私の手足がみな折れても、その苦痛は忘れることができます。だが祖国を失った悲しみだけは、とうてい忘れることができません。国に捧げられる命が1つしかないことが、この少女の唯一の悲しみです』。小学生の時にこの遺言を読んで、たくさん泣いた記憶がある。こんな愛国心はほかの民族烈士にも見たことがない」

--今の世代が柳寛順烈士を記憶しなければならない理由は。

「柳寛順烈士は民族烈士の中で最も愛国心が透徹して強い人物だ。遺言や監獄での行跡を見れば、日帝の脅迫や拷問に屈せず最後まで耐えた人だ。ほかの男性と同じ事をしても女性がするには何十倍も難しい状況だったのに、それをみな克服して成し遂げたこと、私たちが記憶してしっかり知っておくべき部分だと思う」

--今後の活動計画は。

「柳寛順烈士が現代に歴史的な再照明を受けられるようサイバー空間を整える一方、柳烈士の愛国心を物語る語録を、文面や携帯電話のストラップなどに印刷して子供たちに無料配布する予定だ。また国威宣揚青少年ボランティア団を拡大して殉国烈士位牌清掃ボランティア活動なども大々的に展開する計画だ」(中央SUNDAY第416号)
日本でも教える柳寛順、韓国政府はなぜ献花もしないのか(1)


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