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【時視各角】「先に謝れば負けること」=韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.12.17 11:22
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ある先輩の幼少期の回顧談だ。当時、町内の男の子たちは地面に線を引いて円を作り、その中で殴り合った。理由はなかった。しかし戦いは実戦だった。ルールは1つ。「先に泣けば負け」ということ。それで、いくら殴られても歯をくいしばってこらえた。人々はこのようにルールが非合理的であってもルールという理由だけで守ろうと努める。

この頃「高い身分の方々」を見ながら、このように普通の人とは違った彼らだけのルールがあるのではないかと疑問を感じた。「先に謝れば負ける」というルール。そうでなければ本人のために国がひっくり返るようなことがあっても、どうしてこのように謝罪を惜しむのか説明できない状況だ。

自身にナッツを袋ごと出した罪を問うて事務長を追い出すために飛行機を戻したことによりグローバルな国恥をかかせた趙顕娥(チョ・ヒョンア)前大韓航空副社長。彼女が世論に押されて行った謝罪は逆効果だった。もともと謝罪の基本要素はタイミングと誠実さだ。この2つが欠如すれば「見せかけの謝罪」という論争の火種を残す。彼女の謝罪がそうだった。さらに謝罪のマナーはとんでもないものだった。記者たちの促しに被害者に直接謝罪を約束した後、事務長の家に行って人がおらずドアの隙間に謝罪メッセージを入れてきた。ところで普通の人々は他人の家を訪問する時、先にそちら側の事情を尋ねてから行く。それが基本礼儀だ。まして謝罪に行くのに、いきなり訪ねていくとは。「見せかけの謝罪」でもなくて…。

職員に対する暴言論争がふくらんだ朴ヒョン貞(パク・ヒョンジョン)ソウル市響代表もこれに劣らない。職員の人権蹂躪(じゅうりん)嘆願から始まったソウル市響問題は、朴代表が市響の放漫経営と鄭明勲(チョン・ミョンフン)芸術監督の専横疑惑を暴露しながら論点が四方八方に散らばり広まった。市民の税金で運営されている団体の放漫さは必ず是正されなければならない。しかしこれら全てが事実であっても朴代表の行為が正当化されるものではない。録音ファイルを通じた彼女の暴言は「人間に対する最低限の礼儀」まで踏みにじる水準だった。彼女は不条理な組織を告発するという「正義感」に陶酔してこのような暴言ぐらいは大丈夫だと思うかもしれない。しかしドイツのナチスも正義を前面に出して人命を踏みにじった。このような歴史を通じて私たちは正義感よりも人権や生命の尊重がさらに高い価値だということを知るようになった。朴代表が職員に謝罪すべきだということを悟ってくれたら良いだろう。
【時視各角】「先に謝れば負けること」=韓国(2)


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