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【コラム】「やればできる」時代の終焉=韓国(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.07.23 16:39
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もはや若者たちはだまされない。努力が全てではないということをよく分かっている。努力以外の要因が作用するという事実を、あまりにもよく分かっているようで心配になるほどだ。社会がそれだけ変わった。高度成長は終わり、当代の成功神話はこれ以上使われない。ソウルでわが家はおろか住宅保証金を用意するのでさえも6年分の給料を一銭も使わずに集めなければならない。国民の57.9%が「一生努力しても社会経済的な地位が高まる可能性が低い」と考えている(統計庁、2013年社会調査)。社会の躍動性や階層上昇の可能性が顕著に減ると、若者たちが合コンで相手の親の職業や住んでいる街から尋ねるという悲しい話が出回る。

既成世代が「やればできる」時代の観点から抜け出して、根本的な発想の転換をする時であるようだ。手段と方法を選ばず目標さえ実現すれば良いという結果至上主義から脱却し、原則と常識を前面に出す時代に突入しなければならない。私は朴槿恵(パク・クネ)大統領が話した「非正常の正常化」もこうした思考の枠組みの転換を前提にするものだと思っている。「はやくはやく」と「大ざっぱ」を捨てて、力がいっぱい入った肩を緩くして、目に漂った充血を和らげて、無理に追い抜いたり割り込んだりしない、常識が通じる社会のことだ。のろくてもじわじわと進む、何より互いに尊重して配慮する社会への大転換だ。たとえ胸に響く成功談や驚くような反転は少なくても、一度力を出せばぴったりそれだけの結果が出るのが一般的な風景ならば良い。結果だけに縛られて無理と便法・違法、集団間の癒着が日常的に広がる社会とは決別しなければならない。もともとだめなものは誰がやってもだめで、無理にしようとしていたらかえってひどい被害をこうむってこそ当然だ。

正当な努力ならば、なぜ役に立たないのだろうか。自分を把握できず、他人に配慮せずに実利に目がくらんで無理を犯せば、いつかは支障が出る。私たちは、やればできるという古い神話に安住して、たまった請求書があふれ返った状況に置かれている。その渦中で気の毒な子供たちだけが犠牲になっているようで胸が痛む。明日は、セウォル号惨事100日目だ。

ノ・ジェヒョン中央ブックス代表


【コラム】「やればできる」時代の終焉=韓国(1)

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