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<ソチ五輪>羽生結弦、大地震で練習拠点崩壊…家を出て練習するよう背中を押した母(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.02.17 09:04
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大震災から1カ月ほど過ぎた2011年4月7日には仙台で再び震度6強の余震が起きた。直線距離で300キロメートル以上離れた横浜ですら大きな揺れを感じた羽生は、鈴木に「先生、もう疲れたよ」「こんな状態で続けていいのかな」と悩みを打ち明けた。

羽生の気を引き締めた契機は2日後に訪れた。神戸でのアイスショー。羽生は神戸地域のファンから万雷の拍手を浴びた。その瞬間羽生は感じたという。「神戸も震災を経験し復興した。仙台も復興できる」。

その後全国のアイスリンクを回りアイスショーをすることが羽生の練習になった。60回のアイスショーをしたが全国のリンクのどこも羽生から使用料を受け取ろうとしなかった。仙台の復興と再建を望む日本国民の願いが込められていた。その思いから羽生はさらに練習に熱中し集中力も向上した。学業も決しておろそかにしなかったという。母校である東北高校で3年生の時に担任だった中津川澄男さんは「成績もトップクラスで、宿題を提出しなかったことはただの一度もなかった」と話した。

授賞式後の記者会見でも羽生は10代という年齢に似合わない成熟さも見せた。「金メダルはだめかなと思った。だが、多くの方の応援が最高の結果(金メダル)を取らせてくれた。被災地のみなさんが喜んでくれれば良いだろう。そして彼らの力になれば良い」

被害を受けた東北地域は羽生の金メダルのニュースにお祭りムードだ。宮城県東松島市の仮設住宅に住む被災者は、「拠点リンクが崩れ全国を転々としながら技術を磨いてきた羽生選手の姿は津波で家を失い仮設住宅で暮らす自分たちの姿を見るようだった。それによって無限の力を得た」と話した。

だが、金メダルを獲得した羽生には新しい課題が残った。4回転サルコーだ。羽生にとってこのジャンプは「東日本大震災後の希望」を意味する。ソチではフリープログラムで試みたが尻もちをついてしまった。金メダルを取ったのに羽生の顔に笑いがあまりなく「くやしい」という話を繰り返す理由だ。羽生の視線はすでに2018年の平昌(ピョンチャン)へ向かっている。
<ソチ五輪>羽生結弦、大地震で練習拠点崩壊…家を出て練習するよう背中を押した母(1)

【特集】ソチ冬季オリンピック2014


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