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【コラム】自殺を助長していませんか=韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.08.08 15:28
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書くことを職業としているほかの多くの人と同じように、私も「反復作用緊張性症候群」の問題を抱えている。恐らく一日じゅう同じ姿勢で座っていたためになる病気のようだ。その上運動を全くしないなまけ者だと状況はより一層悪化する。たいてい1年に1回ぐらいひどく腰が痛くなって2週間ぐらい動けなくなる。そんなことがまさに先月あった。1週間、植物人間のように横になっていてついに決心した。麻浦(マポ)大橋に毎日1回散歩に出かけるということだ。少し運動をして体が良くなることを期待したのだ。

麻浦駅付近に住んでいるので橋に向かう道もよく知っている。昔、麻浦大橋は自殺と事故の多発地域として悪名高かった。だが最近では、そこに設置された「生命の橋」というメッセージや写真の前で記念撮影をしようと訪れる人がどんどん増えた。私もいくつかのメッセージの前で写真を撮った。市民団体の男性連帯代表であったソン・ジェギ氏の死も、ここに人々を招く要因だ。彼の死は真の意味で自殺というわけにはいかないが、人々は彼の「犠牲」を追悼するメッセージを残す。テレビメディアはいつでもそこを見守っているようだ。彼が飛び降りた時に現場で撮影中だったKBSが非難を受けたということだ。テレビ撮影チームを見ていて、自殺とその予防に関するメディアの役割が思い浮かんだ。

彼が失踪した3日間、報道は簡単に衰えることはなかった。彼の写真、飛び降りる前と墜落途中の写真はニュースサイトのあちこちに掲載されていた。遺体が発見されるとすぐに報道のトーンは変わったが報道自体は終わらなかった。故人になった盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領やタレントのチェ・ジンシル氏のように、伝統的な意味での自殺をした人のケースでもいつもそうだった。「生命の橋」のアイディアは善意から始まったものだが、それが自殺を思い出させるのではないのかと疑われる。メディアは明らかに意図的に自殺を美化することはない。だが、生命を捨てることにはそれなりに償いがあるという考えをメディアが助長していないだろうかと思わざるをえない。犠牲者は集中的な関心の対象になる。悲しむ人々の写真、新聞に登場する追悼の文がその例だ。こういうものは絶望に陥った人々に意図しなかったメッセージを送る可能性がある。自殺は感情的な償いに従う行為として描写されてはいけない。助けや尊敬を得る方法として見えてもいけない。
【コラム】自殺を助長していませんか=韓国(2)


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