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【コラム】日本の戦争画

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版 2013.05.23 14:24 Googleで中央日報を読み逃さない
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東京国立近代美術館は日本の国立美術館1号だ。こちらの3階のある部屋では常に“ものすごい展示”が開かれている。戦争画常設展だ。展示場の前にはこのように記されている。“1938年の国家総動員令法施行によって、すべての日本国民は戦争に服務した…物資は不足して画材・材料も配給制であった。戦争記録画のための画材だけは確保することができた。当時の画家は、特定行事の記録だけでなく歴史画のような記念碑的な様式でも描いた。51年に米国に渡った戦争画は70年に“永久貸与”の形式で返還された。この153点は、6年間の保存修復作業を終えて所蔵作品展に出てきた。すべての作品については公共展示のための著作権許諾を受けた。日本の近代美術史において戦争中や前後にも多くの問題を引き起こした戦争画を、今後も多様な観点から光を当てるだろう」。

“美術史的観点”を堅持しようと努めた美術館のこの無味乾燥な文面によれば、全国民が戦争に参加し、一部の芸術家は材料調達のために“積極的に”描いた。特に“著作権の同意”をとり上げ論じた一節では、描いた人、所蔵先、見る人、誰にとっても喜ばしくない展示の雰囲気が推察できる。5点程度に過ぎないが、作戦会議中の軍人、自殺爆撃に出た戦闘機などを記念碑的なサイズで描いた展示作品は“狂気の時代”を証言すると同時に、芸術が政治にどのようにおもねったのかも表現している。先月ここに訪れた時は、館内でも人里離れたような場所にある部屋に高齢の観客が2人ほどいただけであった。

 
“苦労の種の絵画たち”によって時おり自省の端緒を得る戦後世代がいるということが、この常設展のそれなりの付帯効果なのであろう。日本現代美術の“アイドル”会田誠(48)の“戦争画RETURNS”シリーズがそうだ。東京芸大大学院を卒業してからいくらも経たない、最も貧しかった時期に描いた12点の連作だ。

その中で『紐育空爆之図(にゅうようくくうばくのず)』は、住んでいた家の古い戸6枚を屏風に見立て、伝統の日本画様式でニューヨーク市街地を描き、その上に日本の戦闘機編隊を無限大に符号化して浮かび上がらせた絵だ。作家は「ここに描いたゼロ戦は、米国まで飛んで行って空襲する能力も全くない、そんな戦闘機」と説明して「今この時代を直接モチーフとするのではなく、今をつくった最も近い、最も大きな原因を描いてみたかった」と話した。

日本右翼の妄言が強靭なまでに続いている。認めたくない過去があのように堂々と、あなた方の国立美術館に展示中だと話してあげたい。美術館のそばにはちょうど彼らが“皇居”と呼ぶ、天皇の住む場所がある。1945年に敗戦・降伏を宣言することによって天皇が直接近代の終止符を打ったその場所だ。

クォン・クンヨン文化スポーツ部門記者

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    【コラム】日本の戦争画

    2013.05.23 14:24
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    会田誠、『紐育空爆之図(戦争画RETURNS)』、1996年。169×378センチ、六曲一隻屏風に混合媒体。
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