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【噴水台】無償労働

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2011.04.17 12:55
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人は労働するよう作られた存在だ。宗教の教えはたいていそうだ。「一日不作一日不食」。仕事をしなければ食べないという意だ。中国・唐の時代の高僧百丈が残した禅家の有名な規則だ。百丈は90歳の高齢になっても大衆とともに農事の手伝いに必ず参加した。弟子らが残念に思う心から僧侶の農機具を隠すと、この言葉とともに食事を抜いたという。韓国の鶴鳴禅師は1920年代に内蔵寺で半農半禅を標ぼうして労働と参禅修業を一緒にした。労働を修業の方便として認識せよというのが仏教の注文だ。

キリスト教の教えでも労働は創世の時から創造主が人のために定めた秩序だ。最初の人間アダムが暮らしたエデンの丘、すなわち楽園も遊んで食べる所ではなく仕事をする所であり、アダムは仕事をする農夫として創造されたという。楽園から追い出された後もその宿命は変わらない。創世記に「君は一生苦労してこそその所産を食べるだろう」としたのもそのような意味だという。

それでも人類の歴史は労働を卑しく考え、他人の無償労働を強制した汚点で汚されている。奴隷と奴婢、賦役が代表的な痕跡だ 韓国だけでも古朝鮮の八条法禁に、「盗んだ者は奴婢にする」という条項があるほど歴史が長い。ギリシャ・ローマの若い男は労働を奴隷がするものと考えた。スパルタの場合、国の日常的労働を遂行する奴隷が自由人より多かったという。スパルタ教育が自由人対象の軍事訓練と奴隷制圧技術がすべてだったといおうか。

賦役は政治支配者と被支配層間、地主と小作農間に動員された無償労働だ。韓雪野(ハン・ソルヤ)の1930年代の作品「濁流」3部作のうち「賦役」には洪水で崩れた堰を復旧するが小作農らが地主から一銭も受け取ることができず無料賦役する描写が出てくる。古代国家体制から近代まで賦役が存在したという話だ。

家族の中で行われる家事・育児・子守りも代価が支給されない無償労働(unpaid work)だ。韓国男性のこうした無償労働時間は1日平均1時間未満で、世界最低水準という。経済協力開発機構(OECD)が29カ国を調査した結果だ。こうしたことでは父親の存在感が揺らぎそうだ。ややもすると男性に「家族用賦役」を強制しなければならないという声が出てくるかもしれない。家族用無償労働がそのまま家族に愛を注ぐ行為であることは自明なことであり、そうするなという法もない。

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