炭鉱勤労者名簿など朝鮮人強制動員の貴重記録物を公開へ

炭鉱勤労者名簿など朝鮮人強制動員の貴重記録物を公開へ

2018年06月21日16時30分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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在日同胞の故金光烈(キム・ガンヨル)氏が所蔵していた貝島大之浦炭鉱勤労者名簿。(写真=国家記録院)
  日本強占期に軍艦島(端島)など炭鉱地域に強制的に動員された朝鮮人に関連する文書と写真が一般に公開される。これまで公開されていなかった貴重な記録物であり、被害真相究明と権利規制に貴重な資料になると期待される。

  国家記録院は在日同胞の故金光烈(キム・ガンヨル)氏(1927-2015年)が集めた朝鮮人強制動員関連記録物およそ2000点を公開すると21日、明らかにした。

  1943年に日本に渡った後、教壇に立った金氏は約40年間にわたり、日本の3大炭鉱地域であり代表的な朝鮮人強制動員地域である築豊地域を中心に記録物を収集した代表的な専門家。金氏が所蔵していた記録物は一般に公開されず、関連の専門家も確認が容易でなかった。

  公開される記録物は朝鮮人関連の健康保険台帳と勤労者名簿、火葬認可証などの書類をはじめ、朝鮮人労働者の募集と移動過程などで使用された領収証、金氏が撮影した軍艦島の写真などだ。

  記録物のうち麻生産業健康保険台帳は学界に一度も公開されていない資料であり、名前と生年月日、保険記号、保険取得・喪失日などが含まれている。

  福岡県貝島大之浦炭鉱の勤労者名簿も被徴用者の名前と生年月日、原籍などが記録されていて、被害者真相究明などで活用価値が高いと考えられる。

  この記録物は金氏が1976年に関連炭鉱の労務係職員を数回訪れて原本記録物を収集した経緯が詳しく残っていて、記録学的にも価値が高いと評価されている。

  金氏が朝鮮人強制動員被害を究明するために九州のおよそ40カ所の寺院を回って調査した寺刹目録と過去帳100余冊も目を引く。過去帳とは寺院が遺骨を引き取った際に死者の名前と遺骨安置日などを書き込んだ名簿だ。

  当時、炭鉱側は死者が発生すれば火葬した後、遺骨を付近の寺院に安置した。金氏は寺院名と電話番号、住職の名前、遺骨の有無などを詳しく記録し、朝鮮人と推定される遺骨の場合は赤色で表示した。

  今回公開された記録物の中には、朝鮮人労働者の募集と移動過程が分かる福岡県田川郡川崎炭鉱の朝鮮人労働者動員関連の領収証なども含まれている。

  その間、学界では朝鮮人労働者の募集と移動過程を被害者の証言を通じて推定してきた。しかし今回の記録物を通じて補導員(案内員)と引率者の姓名、鉄道・宿泊領収証、川崎鉱業所朝鮮人名簿(49人)、田川国民勤労動員署が川崎鉱業所に送った公文書原本(1944年)などが確認され、関連研究にも弾みがつくことになった。

  金氏が自ら撮影した軍艦島・高島など炭鉱関連の写真も今回公開された。映画でよく知られている軍艦島は三菱が1890年に開発した海底炭鉱(1974年に閉山)であり、過酷な労働環境のため「地獄島」とも呼ばれる。

  国家記録院は金氏が所蔵していた記録物の重要性を考慮し、、年末までに整理作業を終えた後、一般に公開する方針だ。朝鮮人関連名簿の場合、膨大な数量と日本語古語解読、朝鮮人の有無の検証など困難が多く、完全公開までは時間がかかる見通しだ。

  イ・ソヨン国家記録院長は「日帝強占期の朝鮮人強制徴用を確認できる記録物を残した金先生の遺志を高く評価する」とし「この記録物が私たちのつらい歴史に光を当てる貴重な契機になることを望む」と述べた。
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