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4年前にはプーチン氏が「甲」、今回は金正恩氏? …「ベンツ」を積んだ貨物機も到着か(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2023.09.12 14:30
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北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長が結局、ロシアの国境を越えた。米朝首脳会談の失敗を挽回するために切迫した気持ちでロシアを訪れた4年前とは違い、今回さらに気をもむ側はロシアのプーチン大統領とみられる。

今月10日午後、専用列車で平壌(ピョンヤン)を出発した金正恩氏は12日未明、露朝国境のハサンに到着したものと推定される。露朝は具体的な移動経路は公開していないが、日本のマスコミはロシア当局者などを引用して「ハサンで歓迎行事も開かれた」と報じた。

 
韓国国防部のチョン・ハギュ報道官も12日の記者会見で、「今日(12日)未明、金正恩氏が専用列車でロシア内に入ったものと把握している」とし、金正恩氏のロシア到着事実を確認した。

ハサンに到着した金正恩氏は、露朝間の友好関係を象徴するハサン駅近くの「ロシア・朝鮮友好の家」に泊まったものとみられる。2019年の初訪露の時と同じ移動経路だ。「金日成(キム・イルソン)の家」とも呼ばれるこの場所は、1986年に金日成元主席のソ連訪問を控えて建てられ、ロシアは今年4月にこの場所をリモデリングした。

現在までは首脳会談の場所として東方経済フォーラム(EEF)が開かれているウラジオストク極東連邦大学が取り上げられている。ロシア大統領府(クレムリン)がすでに「首脳会談と公式首脳晩餐」などを予告している中、3.1キロメートルに達するルースキー島連絡橋が唯一の進入路であるルースキー島に位置する極東連邦大学は事実上要塞に匹敵するほどのセキュリティを備えている。ロシア当局は、4年前の金正恩氏の訪問の際には、金正恩氏が移動するすべての経路の車両移動を統制し、両首脳を保護するために大学の建物に狙撃手を配置した。

専門家の間では、これまでの金正恩氏のロシア入国過程は4年前と似ているが、今後のロシアでの行動は4年前とは異なる様相で展開する可能性があるという観測が出ている。

露朝は11日、金正恩委員長の訪露事実を同時に公開し、今回の金正恩委員長の訪露は「プーチン大統領の招請を受けて行われた」と明らかにした。首脳外交で誰が招待したかは非常に重要な意味を持つ。プーチン大統領が招待したというのは、ロシアが金正恩委員長から獲得しなければならない緊急事案があるという意味だ。

慶南(キョンナム)大学極東問題研究所のイム・ウルチュル教授は「戦争物資は適時に供給されない場合、戦争の遂行自体が不可能であるため、極度の緊急性が必要だ」とし「強力な国際制裁を受けているプーチン大統領の立場では事実上、首脳間談判を通じてのみ決定できる金正恩氏との兵器交渉が非常に切実だ」と述べた。「4年前の『ハノイ・ノーディール』以降、金正恩氏がプーチン氏のところを訪ねて会談した時に比べると、いわゆる『甲乙関係』が変わった様子」としだ。

2019年2月に60時間をかけて列車でベトナム・ハノイに移動し、当時ドナルド・トランプ米大統領と会談した後「手ぶら」で戻った金正恩氏は、2カ月後の同年4月にプーチン氏を訪ねた。

金正恩氏は当時の会談を終えた後、「(ハノイ会談で)米国が一方的かつ非善意的な態度を取ったことで、最近朝鮮半島と地域情勢が膠着状態に陥り、原点に戻る危険な状況に至った」として米国を非難した。しかし、いざ会談でプーチン大統領が言及したのは、すでに動力が尽きた6者協議の再開程度だった。

特にプーチン大統領は2泊3日の日程でロシアを訪問した金正恩氏と訪露2日目の4月25日に首脳会談を行った後、直ちに「一帯一路フォーラム」に出席するため中国に発ち去った。金正恩委員長はロシア太平洋艦隊司令部などを訪問する計画だったが、ウラジオストクに一人残されたため、最後の3日目の日程を大幅に縮小し、事実上再び「手ぶら」で北朝鮮に戻った。

4年前にはプーチン氏が「甲」、今回は金正恩氏? …「ベンツ」を積んだ貨物機も到着か(2)

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    2023.09.12 14:30
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