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「長生きしてよかった」…74年ぶり青瓦台開放に市民が喚声

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2022.05.11 13:18
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「長生きしてよかった」。10日午前11時30分、青瓦台(チョンワデ、韓国大統領府)正門の前で開放を待っていた市民がこのように語った。「青瓦台開放!」という司会者の声に合わせて門が開かれると、数百人の市民が声を上げながら入っていった。74年ぶりに青瓦台が市民のもとに戻った瞬間だった。

1948年の政府樹立後、12人の歴代大統領がここで過ごした。最初の名称の「景武台」が青い瓦の家という意味の「青瓦台」に変わったのは、尹ボ善(ユン・ボソン)元大統領の時だ。その間、警護上の問題で一般人には行事開催時に一部だけが開放されたが、10日に就任した尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が大統領室を龍山(ヨンサン)に移転したことで、この日から全面開放された。

境内開放に先立ちこの日午前6時50分、春秋門を通って青瓦台南側から北岳山(プガクサン)に入る登山路が先に開放された。2007年に盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領が粛靖門(スクチョンムン)を通過する青瓦台の後ろの城郭道を開放したが、春秋門からそのまま続く登山路が開かれたのは初めてだ。イ・ジュンジャさん(56)は「1番に行くことになってわくわくする」と話した。

20分ほど歩くと白岳亭が見える。白岳亭の右側には金大中(キム・デジュン)元大統領と李姫鎬(イ・ヒホ)夫人が植えたケヤキが、左側には盧元大統領と権良淑(クォン・ヤンスク)夫人が植えたアカシデが立っていた。白岳亭を過ぎると左側に青瓦台全景が見える。

新しく開放された道を回って春秋門に戻るのに1時間もかからなかった。盧元大統領は国会弾劾訴追案が議決された後の2004年4月、青瓦台担当記者と共にこの道を歩きながら自身の状況を「春来不似春(春らしくない春)」と言った。

青瓦台の正門は午前11時37分に開放された。国民の代表74人が春を知らせる梅の花を持って先に入場した。メドン小学校のチャン・ヨンヒ校長は「青瓦台が市民のに戻って感激だ。子どもたちと緑地苑でハンカチ落としをしたい」と話した。

正門が開かれると、青い瓦の本館が最初に見えた。1991年に完工した本館は、歴代大統領が主執務室として使用した空間だ。まだ内部に入ることはできず、市民はガラス扉の向こう側からレッドカーペットを見物した。本館から大統領官邸まで徒歩で9分ほどかかった。大きく3つの建物に分かれた官邸の門の仁寿門を入ると、松と花木を植えられた広場が目の前に広がる。浦項(ポハン)から来たというク・ヒスクさん(58)は「広場がとてもよい。だから出て行こうとしなかったようだ」と言って笑った。

官邸の裏の散策路に歩いて山に登ると「五雲亭」が現れた。もう少し歩くと景福宮(キョンボックン)と光化門(クァンファムン)広場が見える。李明博元大統領が2008年にBSE(牛海綿状脳症)ろうそく集会を眺めた場所がここである可能性が高い。当時、李元大統領は「光化門一帯がろうそくで明るかったその夜、私は青瓦台の裏の山に登って終わりなく続くろうそくの火を眺めた。私が以前から好きだった『アッチムイスル(朝露)』の歌声も聞こえてきた」とした。

南側に下りていくと外賓を迎える常春斎が見え、前には緑地苑が広がっている。金泳三元大統領は1993年にここでクリントン元米大統領と共にジョギングをした。緑地苑を過ぎると業務棟の与民館が見える。青瓦台境内を一周するのに1時間半しかかからなかった。文在寅前大統領は9日午後、この道を歩いて退勤した。青瓦台の正門から退勤した最後の大統領だ。

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    「長生きしてよかった」…74年ぶり青瓦台開放に市民が喚声

    2022.05.11 13:18
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    尹錫悦大統領の就任式が行われた10日、74年ぶりに青瓦台が国民に全面開放された。青瓦台開門行事に参加した市民が中に入っている。 キム・サンソン記者
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