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【コラム】韓国政府のK防疫自画自賛は恥知らずなこと(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.07.26 12:08
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現在の韓国社会は近代化の結果、一種の二重国家を形成している。西欧的概念の個人主義に基づいた核家族構成員としての個人と、伝統的概念の大家族構成員としての個人が重層的・混成的結合を通じて二重構造を作り、社会的危機のような外部衝撃が与えられる場合、その結合が解けて伝統的概念の家族主義国家観が前面に出る現象を発現する。理性と合理に基づいた契約国家フレームから情誼と感性に基づいた家族国家フレームに認識の中枢が移動するのだ。したがって家族国家意識が発動するためには危機状況の発現という社会的緊張がなければならない。しかし政府が状況の緩和を暗示するメッセージを繰り返し伝達することにより家族国家意識の発動に必要な社会的緊張の強度を弛緩させる場合、そうでなくても疲労感が累積した家族国家意識の緊張が緩み、家族国家フレームによる先制的・主動的防疫が弾力を失うのはあまりにも当然の帰結だ。

◇家族国家フレームで解釈可能

 
こうした家族国家フレームで見れば危機が深化するたびにむしろ大統領に対する支持度が高まったり、第21代総選挙で失政を繰り返した与党が圧勝したように、合理主義の観点で見れば一見矛盾するとみられる現象も理解が可能だ。家族国家観点から見れば大統領は広い意味の家族共同体を掌握する家長に当たる。家庭が危機に直面する場合、家族同士ならば同じ船に乗った運命共同体の構成員として互いに献身し寄与して危機を克服することが先であり、家長の良し悪しを問い詰めたり厳酷な叱責に出なければならない理由はない。だれであれ家庭を守るために先を争って立ち上がるべきで、家長の牽引力にばかり頼ることではないという意味にもなる。危機の深刻性レベルが高まるほどこうした認識はより深まる。第21代総選挙でも危機克服の責任を執権勢力に問い社会秩序を再編しながらも問題解決に出るほど状況は簡単でなく、危機状況であるだけに執権勢力を客観化する以前に自身が属した情緒的共同体の一部と考えて国民が自ら危機克服課題を担わなければならないという認識が先行したとみるべきだ。そうしたために苛酷な責任追及を慎んだ格好だ。危機という状況変数と家族国家意識が国家牽引力の健全性の有無に対する評価を猶予した結果だ。

◇国民が危機克服課題担う

これは国と市民社会または、公的領域と私的空間の境界が明瞭で、個人の自由保障に向け立憲主義を通じた国の介入と寄与を契約していると考える西欧社会とは認識のフレームが根本から違う。理性的合理主義に基づいた西欧社会がコロナ防疫で失敗を繰り返したという事実を想起してみればこれは単純に西欧文明が感染症の拡大という危機の対応に無力だったという事実だけを伝えること以上を含蓄する。

特に合理主義に基づいた近代文明が衰退期に入ったという指摘はすでにさまざまな所で提起されている。こうした状況で危機が日常化するニューノーマル時代が到来する場合、西欧文明の弁証法的代案が何なのかに対する質問が頻発することは容易に予想されることだ。そうした点から危機克服を先導してきた韓国の家族国家フレームは単純に汎地球次元の感染症克服に向けた戦略的道具以上を示唆するということかも知れない。人類文明の代案を例示するとみることができるためだ。こうした認識がさらに重要なのはこれまで西欧社会から知識を輸入する国で生きてきた私たちが西欧文明に対する劣等感から抜け出し、これをより中立的観点で客観化して見ることができる転機を作るという点だ。文明史的危機の真ん中で危機は機会だという言葉を繰り返す理由だ。

パク・ジェチャン/淑明(スクミョン)女子大学名誉教授

【コラム】韓国政府のK防疫自画自賛は恥知らずなこと(1)

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