【コラム】韓国人「戦犯」最後の生存者李鶴来の生と死(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.04.13 18:08
古典名作の隊列に上った『戦場にかける橋』は第2次大戦当時の実話をモチーフに作った映画だ。東南アジアを占領した日本軍はビルマ(現ミャンマー)進攻作戦を控え補給ルートを確保するため熱帯のジャングルの中に全長415キロメートルの泰緬(たいめん)鉄道を敷いた。連合国捕虜を動員したこの工事でクワイ川鉄橋は一番の難工事区間だった。
この鉄道の建設現場に1000人近い韓国人(当時は朝鮮人)がいたという事実、しかもそのうち相当数が悲劇的な運命を迎えたという事実を知る人はそれほど多くない。鉄道工事を指揮したのは日本軍の鉄道隊だったが、捕虜収容所管理と動員・引率などの役割をしたのは「捕虜監視員」という職責を与えられた韓国人軍務員だった。日帝は韓国人の若者3000人余りを選んで軍事訓練をさせた後、タイ、ジャワ、マレーシアなど東南アジア戦線に送り捕虜監視任務を担当させた。