米国「半導体覇権」守り…35年前レーガン元大統領、日本をとん挫させた
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.05.27 08:21
米国が半導体覇権に挑戦する国をとん挫させたのは中国が初めてではない。すでに1980年代、ロナルド・レーガン行政府(1981~89年)は1985年から日本政府を圧迫して翌年8月「日米半導体協定」を締結した。日本企業のDRAMの低価格輸出を中断し、日本国内の米国製半導体のシェアを5年内に既存11%から20%台まで引き上げるべきだというのが骨子だった。
レーガン行政府の圧迫で日本の半導体産業が停滞する間、韓国の半導体は躍進した。日本が米国との協定で1970年代後半から自国企業に支給した2億ドルの補助金を切ると30セント台まで落ちた64K DRAM価格(原価1ドル30セント)が反騰した。当時、半導体の供給過剰に累積赤字が2000億ウォンに達したサムスン電子はDRAM価格が反騰して赤字から脱した。日米半導体協定締結7年後である93年、サムスン電子はDRAM部門で世界1位に上った。