주요 기사 바로가기

慰安婦被害者の遺族「母が生きていたら尹美香の胸ぐらをつかんでいただろう」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.05.20 09:17
0
「利用できるものがなくて慰安婦おばあさんの名前を利用し、解決しないうちから国会議員になることが話になるか」

19日午前、ソウル清涼里(チョンニャンニ)駅の近くで会った故金順徳(キム・スンドク)さんの長男Aさんは与党「共に民主党」当選人の尹美香(ユン・ミヒャン)氏(「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」元代表、「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(正義連)」元理事長)と挺対協について「市民団体から裏切られた気持ち」と表現しながらこのように話した。

2004年に84歳で亡くなった金さんは、生前は被害者支援施設「ナヌムの家」で過ごして毎週水曜集会に出席していた。少女の苦痛と悲しみを込めて、広く知られた金さんの絵画作品『咲くことのなかった花』と『連れて行かれる』は国家指定記録物に指定されることもした。被害者は2014年訪韓したフランシスコ教皇に作品の写しを贈った。

次はAさんとの一問一答。

--尹氏と挺対協に対して提起されている疑惑が多いが。

「挺対協が(一緒に活動しようと)母を何回も誘惑したことは知っているが、母も私もあまりにも拒否するため誘わなくなった。考える方向が違った。おばあさんを偶像のように座らせておこうとしていたくらいしか分からない。内部事情はよく分からない」

--方向がどのように違ったか。

「挺対協はしっかりやっていたことも多いが、間違っていたことも多い。利用できるものがなく、慰安婦おばあさんの名前を利用し、十分に(解決)してもいないのに国会議員になるとは、話にならない。私の母や別の気の強いおばあさんがいたらすぐに追いかけて行って胸ぐらをつかんでいたことだろう」

--以前も挺対協に問題があると考えたか。

「(母が生きている)その時から何かあるとは思っていたが、これほどまでとは思わなかった」

--金さんは水曜集会に毎週出席していたが。

「その時はその人たちが皆良い人だと思っていた。そのような偽善者だということを知っていたら出席していただろうか」

--李容洙(イ・ヨンス)さんは水曜集会もやめなければならないといった。

「挺対協は解散するべきで、デモ(水曜集会)もやめなければならない。(挺対協が)それをえさのように使って利用した。地方のおばあさん、高齢の方々を古いワゴン車に乗せ、満足に歩けもしないのに水曜集会に来させた。人間的にひどすぎる。ナヌムの家に来る人々は高級観光バス、乗用車に乗ってくるのに、当事者である私の母は古い車に乗って水曜集会に行くので『集会に行くときくらいは良い車、観光バスに乗って行くのが夢』と話していた」

--尹氏は真の解決を望んでいないとの批判もある。

「私が言いたいこともまさにそれだ。慰安婦問題が解決すれば、自分たち(挺対協)の活動場所がなくなるではないか。事実、1965年韓日協定のとき、韓国政府が合意を間違い、初めから慰安婦問題は軽視した責任がある。そうしておいて、市民団体に(やるべきことを)押し付けたから市民団体の力だけがとんでもなく大きくなった。日本からは十分な謝罪も受けられず、市民団体からは裏切られた気持ちだ」

--遺族の大部分は生活が厳しいそうだが。

「正しい歴史観を持つ学者であれ、人権弁護士であれ、良い人々が回顧録など正しい記録を残して、しっかりと評価されることで決着がついてほしい。生き証人はまだ多い。挺対協はだめだ。自分たちに有利なことしか出さないではないか。そのようにして公聴会など経て国民的な共感を得られれば、おばあさんや遺族たちに政府次元で適切な支援と優遇をしてもらえればと思う」

--李さんは未来世代のために自分がすべて明らかにしなければならないと言った。

「李さんの言葉はすべて正しい。十分に謝罪を受けられないのはくやしいが、どうせ日本とは隣国同士で、いつかは一緒に進まなくてはならない。若者たちに未来の荷物を背負わせてはならない」

関連記事

最新記事

    もっと見る 0 / 0

    포토뷰어

    慰安婦被害者の遺族「母が生きていたら尹美香の胸ぐらをつかんでいただろう」

    2020.05.20 09:17
    뉴스 메뉴 보기
    故金順徳(キム・スンドク)さん
    TOP