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世界的建築家の故・伊丹潤、死後ようやく慶州タワーの著作権取り戻した理由

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.02.05 16:02
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故ユ東龍(伊丹潤)先生。[写真 ITMユ・イファ建築会社事務所]
「日本では韓国人建築家にそのような公募展に参加する資格さえ与えられていませんよ。初めて慶州(キョンジュ)エキスポプロジェクトを通じて(慶州タワーデザインの公募に)参加することになりました。その時はとても喜んでおられました。『日本でできなかったことができるようになったんだ』と」

チョン・ダウン監督のドキュメンタリー映画『伊丹潤の海』でITMユ・イファ建築事務所のユ・イファ代表が語った言葉だ。ユ代表は「伊丹潤」という名前で知られている世界的な在日韓国人建築家である故ユ東龍(ユ・ドンリョン)先生(1937~2011)の長女だ。

慶州タワーは慶尚北道慶州市千軍洞(キョンサンブクド・キョンジュシ・チョングンドン)の慶州世界文化エキスポ公園の中にある。皇龍寺(ファンリョンサ)九層木塔を実際の高さ82メートル(アパート30階建ての高さに相当)に再現し、陰刻として建てられたデザインで有名だ。シルクロードを通じて新羅に入ってきたローマガラス(ローマンガラス)を象徴するガラスと鉄骨構造で作られた。

慶州のランドマークである慶州タワーとユ東龍先生はどんな縁があるのか。今月17日、慶州世界文化エキスポ財団が開催する特別な行事からその意味を探ることができる。慶州タワーの横にユ東龍先生の業績を記録した扁額を掲げる行事だ。

ユ先生と慶州タワーの縁は2004年に遡る。慶州世界文化エキスポ(以下、エキスポ)が「慶州世界文化エキスポ象徴建築物設計公募展」を進めていたときだ。この公募展にユ先生は在日韓国人建築家「伊丹潤」という名前で慶州タワー設計案を出品する。結果は全体2位の優秀賞。賞金1000万ウォン(現レートで約92万円)を獲得した。

3年過ぎた2007年8月。ユ先生の弟子の1人が完工した慶州タワーの姿を発見しながら問題が始まった。

ユ先生が出品した設計案と非常に似た姿の慶州タワーが立てられていた。エキスポ側は公募展1位当選作に基づいて慶州タワーデザインを推進したが、5度の設計審議委員会を経た結果は、瞻星台(チョムソンデ)を象徴化した当選作とはあまりにも違っていた。ユ先生側は2007年10月、公募展で当選した建築事務所を相手に著作権法違反に対して刑事訴訟を提起したが、2008年2月に証拠不十分で不起訴処分が出た。翌年2009年6月、エキスポに対して損害賠償民事訴訟を提起した。この訴訟は控訴審まで進んで損害賠償判決が下され、エキスポはユ先生側に4200万ウォン余りを賠償した。

エキスポは判決以降、慶州タワー右側の床にユ先生が慶州タワーを設計したという内容の標識石を設置した。だが、標識石が目につきにくく表面があまりにもすり減っていたため、ユ先生の遺族が昨年9月に姓名表示再設置訴訟を提起した。李チョル雨(イ・チョルウ)慶尚北道知事は著作権の認定と積極的な修正措置などを指示したことで訴訟は取り下げられた。

エキスポは慶州タワーの前に新たに扁額を掲げる計画だ。横1.2メートル、縦2.4メートルの大型案内板だ。ユ先生の各種受賞記録や代表作が記録される。ユ先生の建築哲学と2005年フランス芸術文化勲章「シュバリエ」、2010年日本最高権威建築賞「村野藤吾賞」などの受賞歴と済州(チェジュ)のPINX Public Golf Club House、水風石博物館、ポドホテル、バンジュ教会など代表作が記録される。ユ先生の死後ようやくその名誉が回復したといえる。

李チョル雨知事は「現在の慶州エキスポ理事長として、故人と遺族に深い謝罪と慰労の言葉を申し上げる」とし「今後、知的財産権はより一層重要になっていき、固有の資産と認められて尊重されなければならない。今回の懸板式が韓国社会全般に蔓延した盗作に対して警覚心(戒め悟る気持ち)を喚起するよう願う」と話した。

一方、ユ先生は日本で生まれた在日同胞2世で、最後まで日本に帰化しなかった。「建築が旅行であり、旅行が建築」という哲学を作業の基礎として、済州道や慶州、安東(アンドン)など韓国各地を巡りながら古典建築物と美術品を探求してインスピレーションを得た。昨年、ユ先生の一代記と建築哲学を収めた映画『伊丹潤の海』が公開された。

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