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【コラム】ウォン安政策を繰り返してはならない=韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.11.02 10:05
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外国為替市場の需給に基づいてウォンの価値を決める変動為替相場制は1990年に導入された。その後韓国政府が市場に露骨に介入した事例は3回あった。最初は金泳三(キム・ヨンサム)政権終盤の96~97年。1人当たり国民所得1万ドルを超えたのが95年だ。余勢を駆って96年に経済協力開発機構(OECD)に加入した。先進国になったように浮き立った。韓国政府はこうした雰囲気を97年末の大統領選挙まで引っ張っていく必要があった。

どのように1万ドルを守り、物価上昇率を5%以内で抑制するか。韓国政府は簡単な方法を選んだ。ウォンが下がらないように800ウォン台で縛ったのだ。経常収支赤字は95年の97億ドルから96年に238億ドルと大幅に増えた。途轍もない赤字だった。市場が正常に稼動したとすればウォンは1ドル=1000ウォン水準を大きく上回るのが正しかった。驚くべきことにウォン・ドル相場は通貨危機直前まで1ドル=800ウォン台にとどまった。結果論だが、800ウォン台に固執しなかったなら? 輸出が増え赤字が減りある程度バランスが取れていただろう。ドルが底をつく最悪の状況は避けられなかっただろうか。

2度目の介入は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権序盤の2003~2004年。韓国政府は輸出を増やすためにウォン安ドル高を誘導した。ドルが下がれば市場にウォンを放出して引き上げた。財政経済部のチェ・ジュンギョン国際金融局長は1ドル=1140ウォンをマジノ線とした。このラインを下回らないよう数十兆ウォンを一気に放出した。輸出は増えたが副作用も少なくなかった。輸入物価が上がり内需が低迷した。米国の「為替相場操作国リスト」にも上がった。為替相場操作国というレッテルがいまでも付いて回る。

3度目は李明博(イ・ミョンバク)政権のウォン安政策だ。2008年に姜万洙(カン・マンス)経済チームが入るとすぐに待っていたかのようにウォン安を強行した。為替相場は1ドル=900ウォン台からあっという間に1000ウォン台までウォン安が進んだ。同年9月に金融危機が起きると1400ウォン台まで急落した。おかげで輸出が回復した。経常収支黒字が増え金融危機克服の基礎になった。
禁コラム】ウォン安政策を繰り返してはならない=韓国(2)


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