【コラム】サッカー、化粧品、豆腐…中国を泣かせるものはもうないか(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.06.02 13:43
1980年代半ばに軍で服務した友人が休暇で出てきた時に話す武勇談に必ず登場するおなじみのメニューがある。服務中に装備を紛失した時にはソウル・鍾路(チョンロ)にある世運(セウン)商街に行けばすべて手に入れることができるというものだった。話は飛躍し、世運商街の技術をすべて集めれば戦車も作りミサイルも作れると話した。20年が過ぎたいま、人々は中国・深センにある技術をすべて組み合わせれば人工衛星も打ち上げられ、宇宙ステーションも作れると話す。
中国を思い浮かべれば常についてくる単語は「速度」だ。わずか10年前には類似品、コピー品、粗末な品質管理、低価格攻勢などのイメージが主だったものだったが、いまでは「到底中国の速度について行くことはできない」と言う。人々はこうした中国の躍進がわずか10年程度でできたものと錯覚する。アップルのiPhoneを作って、テスラも組み立て、ソフトバンクの感性ロボットであるペッパーまで生産する予定のフォックスコンの郭台銘会長が台湾で創業したのは1974年だ。中国本土で工場を稼動し始めたのは1988年。フォックスコンも90年代後半までは韓国企業から注文を受けコンピュータのメインボードを生産した企業だった。郭会長に発注量を割り当てあげた韓国企業や米国企業のほとんどはいまでは彼に製品を作ってほしいと要請しなければならない境遇になってしまった。40年かかった。