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【コラム】右折信号を守れば愚か者になる韓国社会(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.06.02 16:41
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アラブ出身のあるテロリストはロンドン市内の真ん中で、故意に通行人をはねた後、車から降りて刃物で刺した。それから周囲の人たちに叫んだ。「恐ろしいか。私が住むところではこういうことが毎日のようにある」。イラクでは一度に数十人ずつ死亡する爆弾テロが日常的になっている。もしかすると、私たちもこのように叫ぶことになるかもしれない。「私たちが住むところでは、こうしたことが毎日のように発生する」。

数日前、昼に日常空間で火魔の襲撃を受けて死亡した高陽ターミナルの犠牲者も、おそらく1カ月以上にわたり旅客船「セウォル号」の子どもを思い出しながら涙を流したりしたはずだ。まさかその悲しい死の悪魔が自分の前に現れると思っていただろうか。さらに2日後、今度は全羅南道長城の療養病院が焼けた。

もう珍しいことではない。デパートが丸ごと崩れ、橋が落ちて多くの命を失って以来、20年ぶりに韓国社会が確実な「危険社会」であることを自ら証明している。もう生死はほとんど確率ゲームとなっている。東アジアの端の韓半島(朝鮮半島)に宿る悪魔は私たちの耳元にこのようにささやく。「お前とお前の家族さえ安全ならよいのだ」。しかしこの恐ろしいロシアンルーレットに何か安全弁があるだろうか。

原始人は目の前に見えないものが存在するという考えを持てなかったという。存在の概念自体がなかったのだ。セウォル号の船長と船員は原始人だったのだろうか。名誉のために命を捨てる犠牲の文化が私たちと縁が深くないとしても、殺身成仁どころか、最小限一緒に生きる考えもしなかったということには、民族共同体の一員として惨憺たる思いを禁じえない。

子どもたちの死は生中継された。親はその最期の顔と最期の声を絶えず取り出し、繰り返して聞くだろう。その積もり重なる恨をどうするのだろか。数年前、死亡した父のそばで数日間一人で残された乳児の話が世間に伝えられた時、ある詩人は一日中泣いたという。この恐ろしい人間の災難の中で人格教育を云々するより、むしろ詩でも一つ真摯に良むのが良いのかもしれない。詩人は言語の師であるからだ。

世の中のすべての法と規範と道徳と約束は言語でできている。すべてのものが崩れ、沈没し、消耗するこの時代に真っ先に崩れたのは、言語の価値だったことを記憶するべきだ。何よりも政治的言語であってこそ、実体と遊離した幻影になって久しい。
【コラム】右折信号を守れば愚か者になる韓国社会(2)


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