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【時視各角】日本の「便所飯」が韓国に投げかける苦いメッセージ(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.03.20 10:29
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1人飯文化はどれだけ広まっているだろうか。これに対する人気はどうだろうか。梨花(イファ)女子大学フロンティアジャーナリズムスクールの学生26人に簡単なアンケートを緊急に実施した。その結果、すべての回答者が「よく1人飯をする」と答えた。場所は図書館の端、バス停、行きつけの食堂、講義棟の廊下のベンチ、カフェ、コンピュータモニターの前などを挙げた。「しかたなくてそうしている。根本的に1人飯は嫌いだ」は12人、「関係ない」が10人、「むしろ良い」が4人だった。嫌いだという学生に1人飯の感想を聞いてみた。

「生きるために食べているようでさびしくなる」

 
「携帯電話にバッテリーを充電する感じだ」

「1人で食べると人が変わるようだ」

「食べすぎたり捨てたり、めちゃくちゃになる」

国語辞典はご飯を定義する。「米・麦など穀物を釜に入れた後水を注いで米粒を炊いた食べ物」。一部の学生の感じはご飯の意味を再構成する。一緒に食べなければ真のご飯ではないと。ある哲学者はえさとご飯の差をこのように説明する。えさは1食を満たすために義務的に食べるもの、ご飯は楽しみながら一緒に食べるものだと。

1人飯はキャンパス文化だけではない。われわれみんなが段々と真のご飯から遠ざかる。1人飯を気楽に感じる人が増えている。若い会社員は出勤途中のバスの中でサンドイッチをつまむ。お母さんは遅くまで帰ってこない家族を待って1人で炊いた穀物をかみしめる。借金の保証人になり家族と職場を失ったある人のようにひとりぼっちの人は考試院の狭い部屋で冷めた炭水化物を1人飲み込む。ご飯は出会いであり出会いは分かち合いだ。ご飯の喪失は孤立であり分裂だ。何が韓国を島国の人のようにするのか。金芝河(キム・ジハ)の古い詩が必要な時期だ。

ご飯は天です/天を1人で持てないように/ご飯は互いに分け合って食べるもの/ご飯は天です/天の星をともに見るように/ご飯はみんなで一緒に食べるもの/ご飯が口に入る時に/天を体の中にお迎えするもの/ご飯は天です。

イ・ギュヨン論説委員


【時視各角】日本の「便所飯」が韓国に投げかける苦いメッセージ(1)

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