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一時は金正日総書記の後継者候補、結局は甥に…(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.12.04 11:02
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北朝鮮の張成沢(チャン・ソンテク)国防委副委員長が先月6日以降、公式席上から姿を消している。朝日大学生親善バスケット大会を観戦する前、日本代表団と一緒に訪問したアントニオ猪木参議院議員と会ったのが最後の姿だ。

1カ月近い空白が続いたが、誰も張成沢の身辺に異常があったとは考えなかった。それだけ金正恩体制の2年間、張成沢の存在感は大きかった。その張成沢が権力の核心としての生命に終止符を打つかもしれない運命に直面した。側近が公開処刑にあい、張成沢は行方が分からない状態だ。

北朝鮮の権力内で「張部長」という別称で呼ばれてきた張成沢は、一時は金正日(キム・ジョンイル)総書記の権力後継者に挙がるほどだった。金正日の3人の息子が候補に入っていなかった頃、張成沢代案説が軍部などによる集団指導体制の可能性とともに強まった。軍幹部の2人の兄、張成禹(チャン・ソンウ)、張成吉(チャン・ソンギル)が2009年、2006年にそれぞれ死亡すると、陰謀説まで出てきた。しかし2008年の夏に脳卒中で倒れた金正日が父子継承に構図を固め、三男・金正恩を後継者に指名し、張成沢は後見グループに分類された。

ちょうど2年前の金正日の急死は張成沢にとって機会だった。常に金正日の影に隠れ、第2人者だった張成沢は、夫人の金敬姫(キム・ギョンヒ)労働党政治局員とともに若い甥の金正恩の後見人の役割をしながら、権力を享受することができた。手帳を持って細かくメモをしていた金正日の時代に比べると、はるかに自由になった姿になった。

張成沢の出身成分はベールに包まれている。国家情報院の人物ファイルでは長いあいだ江原道出生となっていたが、数年前に「1946年咸鏡北道清津」出身に訂正された。張成沢は72年に金日成(キム・イルソン)主席の長女・金敬姫と結婚したが、その過程は順調でなかった。当時、金日成総合大学生だった張成沢は、金日成が金敬姫との交際に反対したため、元山経済大学に転校させられたりもした。張成沢に会うために元山を行き来していた金敬姫が倒れると、金正日が助け、結局、張成沢はロイヤルファミリーに合流することになった。

張成沢は平壌市党委員会指導員としてスタートし、党組織指導部外交部担当、党員登録課長を務めながら実務を学んだ。党青少年事業部副部長(82年)、党青少年事業部第1副部長(85年)、党青少年事業副部長(88年)、青年および3大革命小組部長(89年)、党組織指導部第1副部長(95年)、首都建設委員会および党行政部長(2008年)などの経歴を誇る。
一時は金正日総書記の後継者候補、結局は甥に…(2)


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