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【コラム】あまりにもひどい“整形大国”韓国…複製人間たちに一言(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.10.31 15:14
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「交通事故が起きた時は、救急病院ではなく整形外科に行くと傷跡もなくうまく回復するらしい」。

先月、韓国の実家で会話中に母が言った言葉だ。うわの空で聞いていたわけでもないが内容が一瞬分からなかった。

「事故でケガをして、なぜ整形外科に行くの? 整形外科は二重まぶたにして鼻を高くし、あごを削ってシワ取りをする所じゃないの」。母の「ごもっともな」言葉にもかかわらず、思わずこんな考えがめぐったからだ。「整形」といえば「美容」という自動連想で、「傷の矯正」や「機能障害改善」という本来の業務がすぐに結びつかなかったのだ。

 
その瞬間、失笑した。傷を縫おうとしてそんなに多くの整形外科があるわけがなく、傷を縫いながらも、それほど多くの整形外科が広告に熱を出すはずはないからだ。

今や大韓民国は整形共和国だという。見苦しい姿というよりも、皆狂っていると言うしかない。顔が何か画用紙や布切れにでもなるというのか。切って、取り除いて、裂いて、えぐり取って、さらにとり付けるいたずらをし続けるように。いっそ顔自体をプラスチックに変えてはめて防腐剤まで飲ませればいい。すると一生シワの心配をしなくても済むではないか。

整形うんぬんの中でも一番聞きたくないのは、この頃は男性たちまで加勢した「童顔信奉」だ。単に若く見せたいという理由で、中年は青年を、青年は10代をうらやむという奇異な現象をまったく理解できない。それではティーンエージャーたちは赤ん坊に憧れるのだろうか? 聞いたことがないので分からない。なら赤ん坊は胎児の童顔を望むのだろうか? 会話ができないから聞くことはできない。

若く見えるからといって、人生の何がどう変わるというのか。若く見えることが人生の幸福や意味と何の関係があるのか。

こんなありさまでは顔がアイロンがけしたようにぴんと張っていても、心はいち早く年のわりに老けてしまう。「体は老いても心はそのまま、16の青春でただひたすら10代」という言葉を、近頃は逆にするべきだ。50歳を過ぎても体はそのままなのに、長い間、童顔を信奉する言葉を聞き続け、心は10代なのにもう(年寄りのように)衰えている。こうなれば生きていても生きている気にはならないだろう。白雪姫の継母のように毎日鏡だけのぞき込み、戦々恐々と不安におびえているのだから。

言葉ではこう言っているが、韓国に行くと率直に私も憂うつになる。「整形手術のようなものはしない。自然に老いていくべきだ。私の老いを許してほしい!」という文を通じてときどき“偉そうに”言っていたので、今さらほかの人々のように整形手術をすることもできない。それでも、私だけ老けて見えるのも嫌だ。「整形手術、私はそれをしない」と結論を出して生きる人にとっても、ずっと気楽ではいられないということだ。


【コラム】あまにもひどい“整形大国”韓国…複製人間たちに一言(2)

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