【噴水台】空の道
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2010.06.10 14:31
1956年、毛沢東は聶栄臻元帥をこっそり呼んだ。「空の道を開いてほしい」と求めた。中国初の宇宙技術研究所はこうして誕生した。研究所があっても、仕事をする人材がいなければどうしようもない。建国の初期だ。国内の人材ではどうにもならなかった。海外の人材と接触した。核心目標は在米ロケット専門家の銭学森。米国は大騒ぎとなった。ある海軍将軍は「5個師団の価値に匹敵するほどの者だ。いっそのこと撃ち殺す」と興奮したというエピソードが伝えられている。それでも銭学森は来た。銭学森より先に、制御工程専門家の梁思礼、衛星専門家の王希季も帰国した。その後は海外の人材があふれた。国家総力戦の結果だった。材料学の姚桐斌、空気動力学の荘逢甘、自動制御学の楊嘉ツだ。