「私たちと私たちの子孫の安全」。大韓民国憲法の前文にも出ているように、国家の一番の責務は‘国民の生命と安全を守ること’だ。 「自由」と「幸福」でさえも「安全」の次だ。 従って、この責務をきちんと遂行したかどうかに対する国民の評価は、政権の成敗をも決めうる。 盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府はこうした評価の騰落をすべて経験した政権だった。 金剛山(クムガンサン)観光客射殺事件で脂汗を流している現政権が慎重に目を向けるべき部分だ。
第16代大統領選を控えた02年6月、民主党の盧武鉉候補は苦戦中だった。 ‘民主勢力大統合論’を主張し、金大中(キム・デジュン)大統領と金泳三(キム・ヨンサム)前大統領の和解を試みたのが禍根だった。 特に、統一民主党時代に金泳三から受けたという‘金泳三時計’をしていたのが決定打となった。 このため‘斬新な政治家、盧武鉉’に期待をかけた進歩性向の20-30歳代の有権者がすぐに離れた。