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【時視各角】対日「ツートラック戦略」という幻想=韓国

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.04.30 08:02
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問題が多い韓日関係をめぐり世間にはまことしやかながらもひどい幻想が広まっている。悩みの種である過去史と別の懸案を切り離して扱えば関係が良くなるだろうという錯覚だ。北朝鮮の核・経済交流など双方が協力するところが多いため、こうしたところから手を握れば凍りついた関係が溶けるだろうという論理だ。文在寅(ムン・ジェイン)大統領が出した「ツートラック戦略」の骨子がまさにこれだ。3月に青瓦台(チョンワデ、大統領府)を訪問した日本企業関係者が韓日関係を懸念したことに「経済的交流は政治と別に見なければならない」と文大統領が応酬したのもこうした脈絡からだっただろう。

ツートラック方式のまた別の核心は「時間が薬」という信頼だ。昨年10月の文正仁(ムン・ジョンイン)大統領特別補佐の言葉はこうだった。「歴史問題は時間を置いて徐々に解決しようというのが(韓国政府の)基本的アプローチ」だと。頭が痛い過去史は「忘却の川」に浮かべて流そうという声のように聞こえる。

こうした思考は韓国にだけあるのではない。数年前ソウルで会ったある日本人外交官は過去史を「ポットホール(道に空いた穴)」に例えた。彼は「車がポットホールの上を通るほど穴は大きくなる。完全な側に走れば交通量が増え道も広がるもの」と主張した。

 
だがこれは世情を知らない話だ。最近の周辺状況を見よ。ツートラック戦略が通じないことをすぐにわかる。一時韓日中間には政治的対立の渦中でも経済交流だけはしっかりされるだろうとみられた。だがこの「アジアンパラドックス」現象は雪が解けるようになくなった。高高度防衛ミサイル(THAAD)問題で引き起こされた韓中間の貿易紛争に、強制徴用判決以降露骨になる日本側の報復の動きは政経分離というスローガンがどれだけ荒唐無稽な言葉なのかを気付かせる。

時間が経てば痛みも忘れられるだろうという信頼も危険だ。フランスの哲学者モーリス・アルブバクスが創案した「集合的記憶」というものがある。集団は人間とは違うように記憶するという理論だ。例えば時間が流れるほど人間は昔のことを忘れるが、集合的記憶は明確になったりもする。構成員同士互いの記憶を強化する傾向があるためだ。アルメニア虐殺事件が代表的な例だ。2度にわたり100万人以上のアルメニア人がトルコ人に殺害されたのは1894年と1915年。100年以上過ぎた事件だが追慕の熱気はますます熱くなる。これまで32カ国に200基以上の追悼碑を立てるほど強力な集合的記憶のおかげだ。

注目すべきことは集合的記憶でも「選択的忘却」ができるという事実だ。互いに記憶したいものだけ掘り起こすことにより残りのものは徐々に忘れられる。このため2つの集団が同じ歴史的事件をめぐり完全に異なって記憶することが起こる。

こうした集合的記憶現象は韓日双方で別の形で起きている。ますます日本強占期に対する両国民の集合的記憶が変わることだ。また、ツートラック支持者の期待と異なり韓国人は日帝時代の辛い過去を忘れるどころかますます問題にすることは間違いない。これまでそうだったように、反日映画に小説、美術、さらに大衆歌謡まで各種メディアが乗り出して民族主義をあおり敵対心に火を付けるのだ。

解決策は正面突破しかない。韓日間の過去史をむやみに伏せておくのではなく決着させ乗り越えようという話だ。折しも日本で大きな変化が起きた。あすは徳仁皇太子が天皇に即位し令和時代が開かれる。高レベルのビオラ演奏家である徳仁皇太子は2004年の韓日友好特別記念音楽会に、2007年には韓日中合同室内楽コンサートに参加して演奏したことがある。父親の明仁天皇のように韓国との友好に関心が多い公算が大きい。韓国政府はこうした雰囲気を活用して過去の問題を含めた韓日間の懸案解決に腕をまくらなければならない。「韓日関係悪化で最も大きな損害を受けるのは韓国」という専門家の警告を聞き流してはならない。

ナム・ジョンホ/論説委員

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