【コラム】憂さ晴らしのサッカー聴聞会、開かないのが答えだ=韓国(1)
1カ月以上にわたり世界中のサッカーファンを熱狂させた2026年FIFAワールドカップ(W杯)北中米大会が7月20日に閉幕した。記号学者のウンベルト・エーコは古代ローマの巨大な円形競技場で繰り広げられた剣闘士の死闘をサッカーに例えたことがある(『ウンベルト・エーコとサッカー』)。数万人もの観客を収容する近代的なスタジアムの壮観さを表現する比喩としてこれほどのものを探すのは難しい。スコットランドの社会学者リチャード・ジュリアノッティによると、国家同士が競い合うオリンピック(五輪)では個人の競技よりもチームスポーツの方がはるかに強い感情を呼び起こすという。特にサッカーはFW選手とDF選手の個人レベルでの対決に加え、互いに競争する都市を本拠地とするクラブ同士の対立、さらにはライバル意識や民族主義的な敵対感情を抱く国家間の対戦が同時多発的に行われる競技だからだ(『サッカーの社会学』)。
このように見ると、ひどいW杯成績表を受けた国々で、怒りの矛先が向けられて責任追及の動きが表れるのも理解できないわけではない。W杯は監督たちの墓場だ。今回の大会では出場48カ国のうち27%にあたる13人の監督が成績不振や契約満了を理由に退任した。韓国よりFIFAランキングが上位でありながらグループリーグ敗退となったウルグアイ代表では、本来なら選手団を支えるべきサッカー協会が帰国用のチャーター便を取り消した。サッカーは単なるスポーツではなく民族的なプライドをかけた生存競争だ。