<創刊企画「大韓民国トリガー60」㊲>出国前に反共教育、帰国時は両手に「象印炊飯器」(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2025.10.08 13:42
旅行は開眼だ。国内であれ国外であれ世の中を見る目が広がる。秋夕(チュソク、中秋)連休で空港はまた混雑している。連休期間に一日平均22万人が仁川(インチョン)空港を利用するという報道はもうニュースではない。現在、多くの韓国人に海外旅行は特別な経験でなく日常の重要な部分だ。その起爆剤となったのが1989年1月1日に施行された海外旅行の自由化だ。わずか一世代の間に世界の各地が「はるか遠い異国」でなく「訪問できるところ」になった。その間、多くのことが急変した。旅行の形態と意味、そして世界を眺める我々の考えが大きく変わった。地理的な距離より文化的な距離が決定的な時代に入った。
#1989年6月=キム・ヒョンリョルさん(当時22歳)は生涯初めての海外旅行を決心した。韓国自由総連盟で教育を受け、外務部にパスポート(旅券)を申請した。転役申告書・在学証明書・住民登録謄本など書類は束のようだった。パスポートは約3週後に受け取った。日本大使館でビザ審査を受け、銀行で日本円に両替した。釜山(プサン)に移動した後、日本の下関に行く旅客船に乗った。玄海灘を渡る船で夜遅くまで『ロンリープラネット』を読んで計画を立てた。1週間後の帰国の際、彼は両手に「象印炊飯器」2つを持っていた。