＃１夕方の退勤時間、菊陽町の原水駅のプラットホームは人であふれていた。少し前まで眠たくなるほど閑散としていた所だ。熊本駅方面へ向かう列車を待つ人たちは台湾の半導体メーカーＴＳＭＣに素材と部品を供給するアプライドマテリアルズや東京エレクトロンなどの社員だ。産業現場で使うヘルメットを入れた透明なバックパックを持つ乗客もみられる。

＃２菊陽町の職員が半導体工場やこれと関連した部品・装備会社で働く意向がある人を探す電話を熱心にかける。菊陽町に建てたＴＳＭＣ半導体工場に約４００人の労働者が台湾から派遣された。彼らはこの地域の他の製造業者の労働者より３０％ほど多い報酬を受ける。このため周辺では他の企業でも賃金が上がり始めた。

＃３熊本県内の畳敷きの宴会場。出張に来た台湾ＴＳＭＣの役員社員らと地元商工会議所幹部がＴシャツとキーホルダーなどの記念品をやりとりするのに忙しい。寿司桶の横にキリンビールと日本酒が入ったグラスが置かれる。乾杯のあいさつ交わされる。「私たちが稼ぐお金のために（Ｔｏ　ａｌｌ　ｔｈｅ　ｍｏｎｅｙ　ｗｅ’ｒｅ　ｇｏｉｎｇ　ｔｏ　ｍａｋｅ）」。

韓国で総選挙が行われた１０日、ニューヨーク・タイムズ１面と８面に載せられた記事の現場描写の部分だ。記事の見出しは「過去の半導体チャンピオンが再びリングに上がる（Ｏｌｄ　ｃｈｉｐ　ｃｈａｍｐ　ｒｅ－ｅｎｔｅｒｓ　ｒｉｎｇ）」。２カ月前に稼動が始まったＴＳＭＣ菊陽町工場に日本の半導体産業復活の可能性が見えるという内容だ。「ＴＳＭＣ工場周辺はすでに人々でにぎわう。化学素材製造業者と装備メーカーが半導体経済の恩恵を得ようと熱を帯びた競争を行う。ソニー、デンソー、トヨタなどの半導体依存企業は日本政府の半導体産業育成政策に大規模投資で呼応する」と伝えた。

日本政府はこの工場を作るのに４７６０億円を直接支援した。現在ＴＳＭＣは２番目の工場建設を計画している。そこには日本政府が７３２０億円を出すことにした。菊陽町ＴＳＭＣ合弁１号工場建設計画が確定したのは２０２１年６月だ。翌年４月に工事が始まり、２月初めに部分稼動に入った。完全稼動の時期は今年末と計画されている。韓国並みに許認可行政手続きが厳しい日本で異例のスピードだ。政府が先頭に立ち一瀉千里で障害を片づけたので可能なことだった。日本政府と企業が出資して設立した半導体企業ラピダスは北海道に工場を作る。ラピダスはラテン語で「速い」を意味する。韓国人が話していた「パルリパルリ（速く速く）」を日本が叫ぶ。

「名実ともに半導体超強大国を実現します」。尹錫悦（ユン・ソクヨル）大統領の大統領選挙公約集８１ページに大な文字で書かれた見出しだ。その下には「実効的な半導体産業支援対策作り」と書かれている。設備投資税額控除拡大、電力・工業用水などインフラ迅速支援が細部事項だ。先月１５日に尹大統領は非常経済民生会議で「３００兆ウォンに達する大規模民間投資を基に首都圏に世界最大規模の新規先端システム半導体クラスターを構築する」と話した。尹大統領が執権して２年になろうとしている。何ができたという話はなく、まだ「する」という話だけだ。電気・用水の供給方法さえ決まっていない。

ただ大統領の責任ではない。半導体産業支援法案は国会で寝ている。利害がそれぞれ異なる自治体が足を引っ張っていたりもする。そのため野党側もともにする「挙国的（超党派的）半導体支援組織」創設を提案する。まず尹大統領と李在明（イ・ジェミョン）代表が会って半導体産業政策を話し合うことを望む。このように時間を過ごしていてはならない。夫婦がけんかしても子どもたちに勉強はさせなければならない。兄弟間の争いで家がめちゃくちゃになってもだれかが牛を育てなければならない。元チャンピオンがグローブをはめてリングに上がったといっているではないか。

イ・サンオン／論説委員