【コラム】帝王的大統領制は遺憾=韓国(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2024.01.31 14:30
1885年に45歳の年齢で初代首相になった伊藤は11歳の幼い明治天皇が「実権がなくロボット扱いされる」という不満を抱いていることを知った。実際に天皇は閣僚が国事を上奏しようとしても会わずにサボタージュした。伊藤は天皇に少年時代から仕えてきた同じ年の藤波をシュタイン教授に送り、2年3カ月間にわたり講義を受けさせた。憲法を知らなかった馬専門家の藤波は帰国して天皇と皇后に33時間、憲法と立憲君主の役割を講義した。日本に君主機関説を適用するための緻密な作業だった。
伊藤は1888年に首相から退き、初代枢密院議長として制憲作業に没頭した。井上毅が作成した草案を食事も忘れて深夜まで討論した。若い官僚は元首相の意見を正面から攻撃した。伊藤が「自分の意見を述べるべき」と「命令」したからだ。1889年2月11日に明治憲法が公布された(『伊藤博文』伊藤之雄)。