【コラム】帝王的大統領制は遺憾=韓国(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2024.01.31 14:30
金建希(キム・ゴンヒ)大統領夫人の名品バック授受疑惑が世界のニュースになった。米ウォールストリートジャーナルは先週、「2200ドルのディオールバッグが韓国の与党を揺るがしている」と題した記事を載せた。英BBC放送、タイムズ、テレグラフも報道した。与党・国民の力の韓東勲(ハン・ドンフン)非常対策委員長が「国民が心配をするほどの部分がある」と発言した後、与党と大統領室の間で不協和音があった。謝罪を要求する民心に尹大統領がどんな形で反応するかが注目される。尹大統領を重視する「知己」が代わりに反省文を書いて伝えようとするという声も聞こえる。帝王的大統領の試練には例外がないのだろうか。
韓国が大統領制を採択することになったのは初代国会議長の李承晩(イ・スンマン)の固執のためだった。1948年5月31日に構成された制憲国会は16回の憲法起草委員会会議を開き、6月21日に内閣制憲法草案を確定した。当代最高の憲法学者の兪鎮午(ユ・ジンオ)が主導したため、速戦即決で終えることができた。しかし李承晩は「大統領任期中に政府を安定した状態にしなければいけない」とし、大統領制に変えようと主張した。韓国民主党党首の金性洙(キム・ソンス)が同意し、東京帝大法学部出身の金俊淵(キム・ジュンヨン)が鉛筆で関連条項をいくつか修正した。兪鎮午は「奇形的な政府になる」と警告した。このようにして翌日、大統領制憲法案が本会議に上程され、7月12日に通過した。