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【コラム】国民はそんなに軽い存在なのか=韓国(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.12.19 12:12
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李在明式柔軟性と実用主義だが、国民を愚かだと思わなければできない自己否定だ。それでもここまではひっくり返したものでも話にはなる。大壮洞(テジャンドン)疑惑に進めばそれこそ「言葉なのか××なのか」わからない状況になってしまう。

李候補は「私が事業設計者」と何度も強調してきた。だが疑惑の資産管理会社関係者らが相次ぎ逮捕され、「檀君以来最大の民間開発回収治績」が「檀君以来最大のスキャンダル」に変質していき、「国民の力」関係者が泥棒設計をしたと主張を変えた。最終承認者は自分だったのに、「ノーベルが火薬を作ったからと9・11テロを設計したことになるのか」として声を高めた。

 
自身が城南(ソンナム)市長の時に城南都市開発公社開発本部長だった人物が、逮捕状が請求された後に極端な選択をしたことに対する反応にも口を閉ざすことはできない。「本体は置いておきながら関係ないところに触れてこうした残酷な結果を作り出すのではないかと残念さがある」。

大壮洞特恵疑惑の核心であり李候補の側近として知られたユ・ドンギュ前城南土地開発公社社長代理が逮捕され、「韓国電力社員がわいろを受け取れば大統領が辞任するのか」として自ら大統領級になって抜け出した。李候補が自分の話のように疑惑と無関係だったならばこうしたおかしな話をしてもいい。むしろ政治家に必要なユーモア感覚といえる。最近問題になった息子の違法賭博もやり過ごすことができる。子どもに勝てる親はおらず、思い通りにならないのが子どもだ。それも人の常であるだろう。責任を負うべきは成人した息子だ。

致命的な逆転は公約から出る。ベーシックインカム、国土保有税、災害支援金など国家経済を左右する政策が一瞬にしてひっくり返ってしまう。「国民が反対すればしない」ということだが、そんなに簡単に捨てられるのなら最初から切り出すべきではなく、正しいと考えるならば最後まで国民を説得し貫徹するよう努力しなければならない。「(自身の公約に)反対するのは悪性報道機関と腐敗政治勢力にもてあそばれる愚かなこと」と極言したかと思うと、1日で国民が反対してやらないならば国民が愚かという話ではなく何なのか。そういうことがポピュリズムで、独裁の別の顔である。公約を変えるのがそんなに容易なら自分の利益を国民の意と包装するのはどれだけ容易なのかという話だ。そんな人をどのように信じて票を入れられるだろうか。

李在明候補の敵はほかならぬ李在明だ。自身の中の「別の私」を鎮めなければ、そうして焦点が二重に重ならない鮮明な李在明を見せることができなければ、そうして信頼を回復できなければ、彼の大統領選挙の夢は単なる蜃気楼にすぎない。国民は彼が考えるほどに軽くはない。

イ・フンボム/中央日報コラムニスト論説委員、中央コンテンツラボ

【コラム】国民はそんなに軽い存在なのか=韓国(1)

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