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裁判官をも下に見ていたヤクザ…今は指9本でうどんづくり

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.10.20 08:57
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北九州のある小さな商店街の裏路地にある小さなうどん屋「だるま家」には特別な事情がある。やっと13人が座れるような小さな店の扉を開けて中に入ると「いらっしゃい」と力強い挨拶が飛んでくる。この店の店長、中本隆さんがその主人公だ。

無愛想だが麺を打ってゆでる中本さんの表情は真剣そのものだ。ワシントン・ポスト(WP)が18日に報道した記事の動画の中の彼の指は9本。ヤクザとして活動する中で小指一本を失ったためだ。満55歳の中本さんが足を洗った、つまりヤクザの世界から離れたのは6年前、服役後出所した年だった。中本さんはWPに「組のためなら死も覚悟で数十年を生きてきた」とし「平凡な社会で生きていこうと決めた後は心のギアを完全に変えた」と話した。

中本さんが10代から身を置いた組織は日本を代表するヤクザの一つ、工藤会だった。工藤会は北九州を基盤とした日本を代表するヤクザ組織だが、最近数年間で急激に規模が縮小した。WPが報道した日本政府統計によると、10年前の2011年当時だけでも組員数は7万300人に達したが、2020年の同じ統計では2万5900人へと36%水準に減った。日本政府の大々的な取り締まりが一役買ったというのがWPの分析だ。

今年8月、日本裁判所が工藤会トップの野村悟被告(74)に死刑を宣告したことが代表的だ。NHKなど日本メディアは当時、「ヤクザの親分に死刑が宣告されたのは初めて」と報じた。野村被告は当時法廷で「生涯後悔するぞ」と言って暴れたが効果がなかった。

このようにヤクザの勢いが弱まり、元ヤクザの更生を助けるコンサルタントまでできたとWPは報じた。2011年に暴力団から抜けたナカミゾモトヒサさんが代表的だ。彼自身は実家の不動産会社に就職できたが昔の仲間はそうではないところを見て、彼らを助けようと決心したという。日本政府は元ヤクザには5年間銀行口座の開設をはじめ携帯電話の開通や家賃契約をすること自体を禁じているとWPは伝えた。暴力団への入会自体を遮断しようとの政策だが、この世界から足を洗おうと決心した者には更生の妨害物となっている。警察に自首してヤクザをやめた者のうち、他の職業を得て生きていく比率は3%にすぎないと、ヤクザを専門に研究している廣末登氏はWPに話した。

ナカミゾさんはWPに「他の人々は『ゼロから再び始める』というが、われわれは『マイナスからの再スタートだ』と言わなければならない」と伝えた。ナカミゾさんもこれといった妙案はなく、気の毒な背景をもつ昔の仲間に自分の勤め先の不動産企業の働き口をあっ旋する形でコンサルティング活動をしている。

このような状況であるため、うどん屋の店長中本さんがより一層注目を浴びている。中本さんのストーリーは日本で『ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。 極道歴30年中本サンのカタギ修行奮闘記』と題する本でも紹介された。この本を書いた廣末さんは、WPに「50代になって足を洗い、新しい出発をする場合は珍しい」とし「ヤクザとしての中本というアイデンティティを完全に捨てて貧しいが誠実に日々を生きていく平凡な市民中本として生まれ変わったといえる」と話した。中本さんは2018年にはガーディアンとのインタビューで「ヤクザというのは単なる職業ではなく一つの生き方であり、私は10代からヤクザになる運命だと考えた」とし「だが、服役して自分の人生の意味を十分に噛み締め、遅いが新しい出発をしようと決心した」と話した。

容易なことではなかった。まず商店街の住民の同意を得なければならなかったが、元ヤクザがうどん屋をすることを信じる者はいなかった。中本さんはガーディアンに「毎日黙黙と商店街を清掃し、仲間の商人に挨拶をした」とし「私が先に心を開いて頭を下げるので、数年過ぎて彼らも心を開いて私を受け入れてくれた」と話した。

ナカミゾさんはWPに「ヤクザに対する社会的イメージはよく知っているつもりだが、それでも彼らに更生の機会を一度でも社会が与えてくれたらと思う」とし「更生の機会さえないなら、彼らは結局行く先を失ってしまい、さらに悪い道に入ってしまう」と話した。

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