【時論】日本の「在日」はなぜ民族アイデンティティーにこだわるのか
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2018.10.03 14:37
数年前、寒さが厳しかった冬の日、大阪の小さな飲み屋で涙を流したことがある。誠実そうな女性が経営するその店は「朝鮮籍在日2世」が退勤後に寄っていく憩いの場のようなところだった。財政難で数カ月間も月給を受けず朝鮮学校を守る人、事業のために韓国国籍を取得したが朝鮮総連で働いた経歴のため韓国に行けなかった人、差別を受けて職場を転々とし、結局は食堂をする父を手伝うことにした人。それぞれ経験は異なるが、みんな朝鮮籍という「民族」を握って生きている人たちだった。
グローバル化時代に「民族」とは。それが何を意味し、どうして世代を継いでまで必死に守ろうとするのか。個人の安全と幸せのためにあらゆることが可能な最近のような時代にだ。朝鮮籍の在日は日本にいてもその一部になることはできない。戦争が終わって日本に残された朝鮮人のうち多くは南北に分断した祖国を拒否し、「朝鮮籍」として残ることを選択した。この人たちにとって朝鮮国籍と韓民族というアイデンティティーは日本社会の差別に耐えていく共同体のもう一つの名前だった。実際、安倍政権は朝鮮学校を高校無償化から除くなど差別をし、最近、大阪高等裁判所も高校無償化差別政策に軍配を上げる判決を出した。