浮石寺観音菩薩像、略奪されたとしても別の「略奪」で返してもらうのが正当なのか(2)
ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版2017.02.14 10:31
裁判所は、高麗末に倭寇が瑞山地域に頻繁に侵入している記録があり、現在の仏像から焼け跡のほか宝冠・台座の欠損がみられるうえ、この仏像に対して日本の一部学者も略奪品だと主張している点などを引用しながら「仏像が正常ルートで移転されたと見るのは難しいと考えられる」と判断した。要するに、倭寇の侵略が頻繁にあった高麗末に略奪されたに違いないという推定を根拠にこのような判決を下したのだ。
裁判所が引用した資料の中には、九州大学の菊竹淳一名誉教授が1978年に出版した「対馬の美術」という報告書がある。この報告書は、仏像を倭寇による略奪品と見なしつつ、これを奉安した観音寺もまた倭寇集団が建設した寺とみている。だが、仏像の持ち出し経緯や現在の状態などを調査した韓国文化財庁は「正常な文化交流や外交交渉を通じて伝来した可能性は少ないと判断される」としつつも、略奪に関する直接的な証拠はないと明らかにしている。裁判所の判決や浮石寺主張を100%受け入れたとしても、略奪時期は高麗末、言い換えれば14世紀だ。今から600年も遡る中世に起きたことを今の法律的ものさしで裁けるのかといった問題も残る。