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【寄稿】マッカーサーはなぜ韓国戦争で墜落したのか(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.09.15 10:49
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失敗のもう一つの原因は仁川上陸作戦後にマッカーサーの地位が上がり、「マッカーサー不敗」神話が築かれたという点だ。これがマッカーサーを驕りと独善に陥らせ、ワシントンの軍首脳部さえもブレーキをかけられなかった。その結果、軍事戦略上多くの問題点を内包した元山(ウォンサン)上陸作戦に誰も異議を提起できず、退却する敵軍を掃討できる貴重な機会を失うことになった。

焦ったマッカーサーはついに満州爆撃、中国海岸封鎖、蒋介石を動員した中国本土攻撃、蒋介石軍隊の韓国戦争参戦などを主張し、ワシントンの承認を要求した。第3次世界大戦を招くという懸念からこうした主張は受け入れられず、マッカーサーはワシントンを公開的に非難した。トルーマン大統領は51年4月12日、彼を電撃的に解任し、リッジウェイ第8軍司令官を後任に任命した。

トルーマン・マッカーサー論争の核心は米国の主敵はソ連であるだけに制限された軍事力を欧州戦線に投入しなければいけないというマーシャル国防長官とブラッドリー統合参謀本部議長の主張と、アジアで共産勢力と真っ向勝負をするべきだというマッカーサー路線の対立だ。これは「戦争の究極的な目標は勝利」というマッカーサーの総力戦争方式と、外交・軍事的な事情を勘案して「制限的な勝利」を受け入れるべきだという主張の対立でもある。後者の勝利で米国の新しい冷戦戦略が胎動する契機が用意された。

韓国戦争初期に2個戦闘師団の派兵をトルーマン大統領に建議し、仁川の奇跡を築いた英雄マッカーサー将軍は結局、韓国戦争で墜落し、彼のオデッセイも終わった。上院公聴会でも期待されたほどの反響を起こせず、「老兵は死なず」という言葉だけを残して去ることになった。彼の時代はもう遠い過去に消えた。今はもう「戦争は政治の延長」というクラウゼヴィッツの考えが脚光を浴びる新しい時代が開かれることになるだろう。

李泰植(イ・テシク)元駐米大使
【寄稿】マッカーサーはなぜ韓国戦争で墜落したのか(1)


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