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ロシア倉庫で眠っていた「安重根記念碑」が再建立

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.02.24 09:04
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極東ロシアで無関心の内に撤去された安重根(アン・ジュングン)義士記念碑がプリモルスキー州(沿海州)ウスリースクに再建立される。韓国外交部関係者は23日、「ウスリースクにある韓国人移住140周年記念館の前庭に今年前半期内に安重根義士記念碑を建立する計画」と明らかにした。

外交部とともに記念碑再建立を推進中の独立記念館側は「早ければ4月中に完工する予定」とした。

この記念碑はもともとウラジオストク州立医科大学前に建てられていた。ソウル保健神学研究院が安重根義士を賛えるために2002年医科大学側と了解覚書(MOU)を締結した後に建立した。安重根義士が1907年沿海州に亡命し、韓国人社会の支援を受けて抗日義兵部隊を導いた事実を広めようとの趣旨だった。

だが、10年後の2012年末、新しく赴任した医科大学長が古い記念碑を撤去してしまった。沿海州でないモスクワ出身の学長が安重根義士や韓国人の抗日独立運動についてよく知らなかったためだ。さらに記念碑には「人類の幸福と未来/民族の英雄安重根義士」とハングルで刻まれていて、ロシア語では安重根義士の名前程度が記されているだけで、独立運動に関する内容は全く記録されていなかった。民間が主導して建立し管理した記念碑なので、政府もこのような実態をそこまで知らなかった。

撤去後にこのことを知った報勲処と独立記念館等は直ちに記念碑を回収してウラジオストク市庁の石材倉庫に保管した。続いて補修および再建立手続きに着手した。もともと高さ1メートル余りの記念碑しかなかったが、報勲処の予算を投じて記念碑に標示石も新たにつけることにした。安重根義士の抗日活動を強調するためだ。標示石の文言は「安重根義士(1879~1910)。黄海道海州(ファンヘド・ヘジュ)出身。1907年沿海州に亡命し、抗日義兵長として活動していた1909年10月26日中国ハルビン駅で大韓民国参謀中将の資格で韓国独立と東洋平和を実現するために対韓侵略の元凶である日本枢密院議長伊藤博文を処断することにより韓国人の気概を高めた。1910年3月26日、中国旅順監獄にて殉国した」に決定した。

外交部当局者は「当初、韓国人移住150年を迎えた昨年に記念碑を移住記念館の前に再建立しようとしたが、酷寒が押し寄せて工事が延期になった」とし「一度撤去されるという痛みもあったが、義挙の意味をより一層強調した丈夫な記念碑を今年中に一般公開できるだろう」と話した。

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    ロシア倉庫で眠っていた「安重根記念碑」が再建立

    2015.02.24 09:04
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    ロシア・ウラジオストク州立医科大学の前にあった安重根義士記念碑。一時撤去されたが今年前半期、ウスリスクに再建立されることになった。(写真=独立記念館)
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