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ホンダ創業者「成功は、99%の失敗に支えられた1%だ」(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.12.29 17:02
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「失敗から学ぼう」という主張は、全く新しいものではない。企業創業者の中では失敗を跳び越えては、挑戦を強調していた人々が多かった。スティーブ・ジョブス氏の自伝や彼の一代記を題材にした映画では、アップル・コンピューターの開発初期の状況を重点的に扱っている。ジョブス氏は自身が構想するコンピューターを作れと要求しながら開発者を追い詰めた。しかし開発者はなかなかジョブスの要求に応えられなかった。しかしジョブスは挫折することなく、執拗に目標に向かって突き進んだ。その過程で行き詰まれば新たな道を探し続け、それがアップルの飛躍(ブレイクスルー)を達成できた原動力となった。

ホンダ自動車を創業した本田宗一郎氏は「私にとって成功は、99%の失敗に支えられた1%だ」という言葉を残した。失敗を恐れないで絶えず挑戦しろということだ。それでホンダは毎年最も大きな失敗をした研究員に100万円の賞金を出す「失敗王」制度を運営し、本田氏の哲学を継承した。こうしたチャレンジ精神が小さなバイク会社からスタートしたホンダの発展の秘訣になったのかも知れない。ホンダは今や屈指の自動車メーカーを超えて世界で最初の走るロボット「アシモ」やジェット機を作る企業へと高めた。

今は競争力が弱まっているが1980~90年代にグローバル電子製品市場を主導したソニーも、やはり失敗に屈せず前進しながらトップの座に飛躍できた。ソニー創業者だった盛田昭夫氏はトランジスターラジオを開発して米国市場に進出を試みたが初期にはミスと失敗を繰り返した。56年、盛田氏は自身が開発したラジオを持ってニューヨークの大型販売商を訪ねて行って契約を要請したが断られた。その時は見かけることも難しかった小型ラジオを持っていったが、敗戦国の無名の企業家が持ってきた製品の価値を調べようとしなかったのだ。こうした失敗は彼のマーケティング戦略に問題があったからだった。お金を節約しようと路地裏の小さなホテルに泊まって、服も普段着だった。おかげで雑商人扱いを受けたのだ。これを教訓に盛田氏はニューヨークを訪問するときは高級ホテルに泊まって現地通訳者を前面に出し、洗練された事業家へと変身した。初期マーケティングの失敗をすぐに挽回したのだ。これを踏み台にして80年代に世界的な旋風を巻き起こしたウォークマンを開発することができた。
ホンダ創業者「成功は、99%の失敗に支えられた1%だ」(3)


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