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【社説】韓国は安全社会なのか、三流国家なのか(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.04.21 09:57
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それならば、その理由は何だろうか。一昨日夕方、彭木港で開かれた会見でキム・スヒョン西海地方海洋警察庁長官が「気象条件の悪化で捜索に失敗したが、今夜4回にかけて照明弾を投下してダイバーを投入し、捜索を続ける」と述べると、ある参席者が話した。

「私は2011年のソルボン号火災の時に救助された者だ。とても歯がゆくて釜山(プサン)からきた。きちんと救助するにはマスタープランとマニュアルがなければならないのに、あまりにもどんぶり勘定式だ。いったい何ヶ月かけるつもりなのか」。

彼が指摘するように「最善を尽くす」という言葉だけでは、政府が不明者家族の信頼を得るのは難しく思われる。家族は「このために私たちが税金を出してきたのではないのか」と話す。体系的で精密な災難対応システムやマニュアルなしでは、大型事故が起きるたびに私たちは引き続き国家とは何か、政府とは何かという問いの前に立たなければならないだろう。家族は衝撃と悲嘆に包まれ、国民皆は罪人の気持ちなり、社会全体が集団トラウマを体験する事態を一体いつまで繰り返さなければならないのか。

昨日、汎政府事故対策本部がセウォル号の事故当時の交信録音収録を公開した。セウォル号が珍島交通管制センター(VTS)から乗客らの救助の指示を受けても、退船命令など具体的措置をしなかったという事実があらわれた。イ・ジュンソク船長ら乗務員がどれほど無責任だったのかを見せるものだ。これまで私たちは、圧縮成長には成功したが生命の価値や安全の価値については無関心だったし無神経だった。生命と安全は、圧縮することができないからだ。安全の責任を負うべき人が責任を負わず、安全管理の責任を負うべき公僕も自らの役割を果たすことができなかった。それがセウォル号、いや“大韓民国”号の苦痛の自画像だ。

船主・船長・乗務員らを厳罰に処して災難地域を宣言するのも重要だが、それだけで“不安社会”の問題は解決されない。事前の安全管理はどうやって強化するのか。大型事故が起きた時の災難対応システムは、どのように稼動するべきか。どのようにしてゴールデンタイム)決定的な時間)に人命を救助して被害を最小化するのか。この質問の答を用意しない限り、韓国社会は同じ場所をぐるぐる回るしかない。

数多くの外信記者が彭木港でカメラとマイクを突きつけている。経済先進国という韓国で、なぜこうした呆れ返るようなことが起こったのかという疑問が彼らをここへ導いたのだろう。今は私たちは岐路に立っている。決然とした覚悟と意志で安全社会に進むのか、でなければ汚名をかぶったまま「三流国家」に転落するのか。私たち韓国の前には、この2つの道のほかに選択肢はない。

「待たせるのはそれぐらいにして、帰ってこい」。「何人かでも奇跡が起きたらいい。それが誰でも、それが誰でもいいから…」。

埠頭に座った家族たちは、肩を寄り添って娘の名前や息子の名前を呼んでいる。今は自虐に陥っている時でも、ため息をついて忘却する時でもない。今は「漢江(ハンガン)の奇跡」をこえて「珍島の奇跡」を作らなければならない時だ。子供たちは生きて両親のふところに帰ってこなければならない。そして座礁した大韓民国は、事故海域から抜け出さなければならない。<珍島彭木港>
【社説】韓国は安全社会なのか、三流国家なのか(1)

【特集】韓国旅客船「セウォル」沈没事故


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