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韓国の歴史学者インタビュー(3)「韓日中も東アジア共同体が最善」

ⓒ韓国経済新聞/中央日報日本語版2013.05.24 17:02
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--南悳祐(ナム・ドクウ)元首相も北東アジア安保協議体と東アジア経済協力を強調した。保守・進歩元老の考えは似ているようだ。

「引退して一歩退いて見れば、同じ道が見えるようだ。生涯歴史を勉強してきた目で見れば、東アジア共同体に進む道が最善だ。遠からず韓国・日本・中国の人は同じ貨幣を使用し、相手国の言語を自国語のように使いながら、ビザなく往来することになるだろう。中国とロシアの電車が北朝鮮を通って釜山まで走るだろう」

--南北が統一して東アジア共同体が成立するには、高度な戦略外交が必要だ。

「日帝時代、日本式ではあるが軍人・教師・技術者はある程度養成された。しかし日本の外交官になった朝鮮人は一人だけだった。駐英大使館参事官を務めたチャン・チョルス氏だ。彼までが解放後に教授となった。わが国の外交は外交経験が一度もない人たちが始めた。さらに韓国の外交は米国中心であり、多様性を欠いた。視野が広い外交官を輩出するのが急がれる課題だ」

--ロシアはピョートル大帝、日本は福沢諭吉のような傑出した人物が国家の運命を大きく変えた。

「私たちの社会は人を育てる能力が不足しているようだ。日帝強制占領期間、独立運動家で史学者の申采浩(シン・チェホ)先生が『英雄待望論』を書きながら新たに注目した人物が李舜臣(イ・スンシン)だ。望ましい人、遠大なビジョンを持つ思想家を育てる風土は絶対に必要だ」

--私たちが人を育てられないのは、党派争いや政敵を殺す政治文化のためではないのか。

「朝鮮時代の党争論は統治術よりも政治をするための口実として存在したといえるだろうか。とても閉鎖的だった。高麗は雙冀という中国人のほか、アラブ人までも登用した。一方、朝鮮は鎖国の道を歩んだ結果、日帝植民地になり、民族分断をもたらした。このように不幸な歴史を防ごうとすれば、お互い共存する知恵が必要だ」

--歴史に仮定はないというが、私たちの歴史を仮定してみるとどうか。

「壬辰倭乱の後、朝鮮王朝が滅びてて義兵長が王になり、実学派が執権したとすれば、国の運命は変わっていただろう。また解放の空間でも左右合作政府を運営した金九(キム・グ)先生が当初は信託統治に反対し、李承晩(イ・スンマン)博士が韓国単独政府樹立論に進むと、南北統一国家路線で対抗したが、すでに遅かった。その後も金九先生は統一国家樹立論を守り、殺害された。私たちの現代史の残念な部分だ。一方、オーストリアは第2次世界大戦後、米国・英国・フランス・ソ連の信託統治を受けたが、左右合作で10年後に永世中立国として独立することができた」

--朴槿恵(パク・クネ)政権が南北問題を解くことを期待する人が多い。

「私も期待している。歴史意識がなければならないが、どうなるか分からない。朴大統領は北朝鮮と対話を恐れる理由がない。北朝鮮が中国に渡ることは、私たちの国民はもちろん、北朝鮮も望まないだろう。北朝鮮は韓国と近づいてこそ生きる道が開かれるということを直視しなければならない。韓国も北朝鮮との対話を拒否すれば、北朝鮮は中国に偏るしかない。民族史の不幸はさらに大きくなるだろう。私たちの統一は、戦争や吸収統一のように一日で実現することではない。粘り強く遠大な誓願を持って推進していかなければならない」

(中央SUNDAY第323号)
韓国の歴史学者インタビュー(1)「南北平和統一が実現すれば、強大国はむやみに行動できない皁

韓国の歴史学者インタビュー(2)「北、核放棄と同時に朝日・朝米修交を」


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