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【コラム】東アジアで韓国ほど自国の歴史を反省している国はない(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.05.16 17:37
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特に今日、東アジアの過去の歴史・教科書・領土・性的奴隷・侵略問題をめぐる真実と和解が根底から挑戦を受けている状況で、韓国社会が自ら恥部を直視するというのは、東アジア(史)的、世界(史)的な意味を同時に持つ。まだまだ不足しているが、東アジアで韓国ほど民間虐殺や独裁、人権じゅうりんを含む自国の歴史を反省している国も珍しいからだ。日本・中国・北朝鮮・台湾を含め、世界に向かって、私たちがより大きな視野で、この道を止まらず進んでいかなければならない世界的、東アジア的な理由だ。

カンガンスレ・鶴の舞・扇の舞・鳳山仮面劇などを公演した「コリアファンタジー」を見ながら、観客は「幻想的」「絶対的」という言葉を繰り返した。この公演は、すべての芸術は土着的であるほど普遍的という点を如実に見せた。すなわち人間の心を深く動かせるなら言語と場所は問題にならない。一人を動かせる絶対感動は全員を動すことができるのと同じだ。

土着(性)とは、すなわち日々の日常生活をいう。普遍的な芸術はそこから生まれる。この公演は踊り、歌がそのまま生活だった、どの季節でも一緒に口ずさんで踊りながら暮らした、そして生活と芸術、遊びと仕事、私と他人、自然と人間が一致した韓国的な生活と芸術様式の美しさを圧縮的に見せた。すなわち韓国文化の精髓だった仕事としての遊びと遊びとしての仕事、生活としての芸術と芸術としての生活をともに見せていた。私たちはこれをまた復元できるだろうか。「コリアファンタジー」は今日の荒廃化した苦痛の韓国的な生活が、仕事と遊び、人生と芸術の分離からきている点を重く悟らせていた。

 
韓流ブームはもう世界の国の若者の韓国・韓国語・韓国文化に対する関心と学習にまで広まっている。いま韓国の文化領土は有史以来最も広い。しかしそうであるほど、土着的具体性と普遍的世界性、文化と生活が遊離してはならない。私たちはどのように日々の韓国的な生活の幸せと美学を復元し、それが世界的な生活の普遍性とともに進むことを見せられるだろうか。韓国社会がもう少し人間的、文化的、さらに自由で平等な価値をよりいっそう内面化しなければならない理由だ。

パク・ミョンリム延世大教授・ベルリン自由大学招待教授


【コラム】東アジアで韓国ほど自国の歴史を反省している国はない(2)

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