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<独島紛争特別寄稿>「元々日本の領土ではないから失うものはない」という計算(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2012.08.21 10:47
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--日本がICJに固執する理由は2つあると話したが、もう一つは。

「日本は『独島を領土に編入した措置は植民主義とは関係がない』と主張しているが、内心では保守的なICJが少なくとも1905年の日本の独島編入当時には植民主義による措置も合法だと判断するものと期待している。最初から日本の領土ではないため敗訴しても失うものはなく、勝てば純利益という計算のためだ。日本としては一種の‘負担のないゲーム’を楽しめるということだ」

--実際、韓国は自信がないから過敏反応を見せるという外部の見解があるが。

 
「韓国国民にとって独島は‘主権と独立の象徴’で、特別な意味を持つ。20世紀初め、日本が韓国を植民地とする当時、第1段階で1905年に独島を奪い、その5年後に第2段階として残りの全国土を奪い、植民地化を完成した。日本が『竹島は日本の領土』云々するのは、韓国の国民には『お前たちはまだ完全に独立したのではなく、部分的に日本の植民地』という意味となる。こういう侮辱を受けて冷静になれるだろうか。ドイツがフランスに『アルザスロレーヌは返してもらわなければいけない。パリが占領される前にすでにドイツが占領したではないか』といえば、フランス国民が黙って『そういう考え方もある。裁判で解決するのがいい』と言うだろうか」

--韓国は日本の「1905年領土編入措置」が無効だと主張するが、独島が1905年以前にすでに韓国の領土だったという根拠は十分にあるのか。

「一つ尋ねよう。日本の主張通り独島が1905年までは無主地(terra nullius)だった可能性が本当にあると思うか」

--そういうこともあり得るのでは。

「実に植民主義的な発想だ。20世紀に入って太平洋の真ん中で『新しく発見された地(terra incognito)』なら分からないが、韓日近隣国家の間に位置し、すでに数世紀前から両国国民がその島の存在をよく知りながら、その付近で漁業をしてきたとすれば、両国のうち一国の領土と見るのが常識ではないのか。1905年に本当に無主地だったのなら、英国やロシア、でなければキューバでもエチオピアでもどの国でも、先に独島を自国の領土に入れることができたという論理だが…妥当なのか」

--1905年にすでに韓国領土だったことを韓国が積極的に立証する必要があるのでは。

「もちろん韓国領土だったという証拠は十分にある。1905年に日本が密かに領土編入措置を取った後にも、韓国政府はこれを全く知らなかった。ところが日本政府はその年に韓国政府の外交権を奪取した後、翌年の1906年に日本官吏一行を鬱陵島(ウルルンド)に派遣し、郡守に『独島はもう日本領土になったので独島を見に来た』と通知した。これに鬱陵郡守は驚き、中央政府に‘本鬱陵郡所属’の独島に関して日本人官吏一行が通知してきた内容を報告し、内容を調査するよう建議した。当時の両国政府の領有意識をあまりにも正確に反映しているのではないだろうか」

--1905年以前の歴史記録で、独島が韓国の固有領土であることを立証するものはあるのか。

「(歴史記録に出てくる)于山島(ウサンド)は于山国という歴史的な国の名前に由来するもので、三峰島(サムボンド)は独島の外形が3つの峰を持つように見えることを表したと推測される。またカジ島もカジ(アシカ)が生息する島ということに由来する名前だ。独島に多くのアシカが生息していたという事実は日本の19世紀の記録にも出ている」


<独島紛争特別寄稿>「元々日本の領土ではないから失うものはない」という計算(3)

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